置き去りにしたもの2013年12月20日 20時43分24秒

月夜
きのう、きょうと空は晴れて、洗濯物は良く乾き、日本海側としては意外なほどの好天でした。夕刻、雨になりましたが、いつもながら、気象庁の情報の不確かさには手を合わせたくなります。それにしても、経済、経済、経済。アベノミクスとかいっても、要はあっちを向いているわけで、復興特別法人税は「前倒し」で廃止、オリンピック・パラリンピックのための人事と対策、見かけは非正規の解消でも「多様な」正規従業員の増加を狙うという、購買層の確保、等々、とにかくお金のために向いている方向は違っています。

他方、誰もが訝しく気づいていてなんだ、と考えるこの方策のために、福島の人々はもはや戻れずに、他所での生活支援・賠償、年金や公務員給与の減額、教育の時間増による実質的な予算削減、少子化はもう既成事実としてその対策は上滑り、一方での特定秘密保護法、防衛費や防衛整備のための支出増加、いったい、どこに目をむけているのでしょうか。置き去りにしていくものは人々だけでなく、その命の代償として手に入れた民主々義や平和憲法や社会の豊かさ、子供達の歓声、老後の楽しみ、命を育み社会を維持するための基盤、すべて失われていきます。

目を向けるべきものから目をそらし、削るべきものは反対に増やし、残すべきものは破壊し、守るべきものを捨て去る、そんな社会の衰退と崩壊に向かうようなことばかりを私たちに突きつけているようです。いえ、はっきりと押しつけています。悲しい真実ばかりが見えてくるのです。

医薬品ネット販売2013年11月06日 20時28分55秒

ジョウビタキ♂
最高裁で医薬品のインターネットでの販売禁止は違法、との判決、さらには首相の原則解禁の宣言で一般販売は自由になるのか、と思いきや、厚生労働省は安全性についての検討から未承認・未確認の薬品については3年まて、との話。かつて、そのインターネットでの販売の恩恵を受けたわたしとしては、最高裁の判決どおりに、と思う一方、安全性は見過ごせないわけで、どう「担保」するのか、は終わりのない議論となるような気がします。

ただ、その安全性も、劇薬などはもちろん、「強い薬」でもない、なんでもないような薬やサプリメントの類いまで、時として異常な効果や副作用をもたらすこともまた、決して、まれではないという事実は心に留めておく必要があるわけで、それを体験している身からすれば、厚生労働省の何らかの機関なり審査なりを通じて太鼓判を押された場合でも安心は永遠にできません。様々な予定していない飲み合わせなどで生じかねない作用などに対して、例えば医師や薬剤師とてその診断や指示は無力です。また、その人の体や状態、いままでの薬や病などの履歴からも判断は難しい場合はすくなくありません。

賛意は示しながらも、その薬品の取り入れ方(飲み方・使い方)=用法などと危険性や疑問や変だ、と感じる感覚などで結局はその人による判断こそ必然性のあるところです。薬害は承認された製剤などから起こってきた訳で、何かに頼る、何かに寄りかかる、というのは誤りだからです。自分自身で考え、判断可能なように、何より、科学的にかつ論理的に思考し、何かを感じる心を持つことです。異常や異変を察知するために、信頼できる情報を元に事実や知識から自分自身の体を知るということに心がける構えがなければ、無用に販売されている薬品には手を出さないことでしょう。分からないなら、安易な宣伝や能書きに従わず、面倒でも、医療機関にかかることです。

どこを向いた話か2013年09月30日 21時16分31秒

朝と夜の同居
復興特別税の「前倒し」撤廃、消費税引き上げ、法人税減税、………一体、誰のための内閣か、と怒りが湧いてくることはないでしょうか。確かに、消費税増税には首相は慎重らしいのですが、それでも増税を口にして、その時機を見計らっているらしい、との報道や事実もあり、どこか、大規模な企業のみを優遇している政策の形を変えた延長でしかないのは見え透いています。9時のNHKでも福島などの人たちの声を穏やかに紹介していましたが、あまりに切り捨てようとする意図のあからさまな姿に何を誰のために、と言いたくなるのです。福島の原発も「制御下にある」などとうそをいい、心配ないなどとのたまうのですから、あきれます。

経済の再生とばかり見かけの活性化をもくろむところに足腰のしっかりした確かな流れや基盤の再生などは望めないでしょう。どうしてそんなに急ぐのか、と思いはまだ遙か先の復興と新生に向けた地域だけでない日本の社会にあるのです。そんなにたやすい復興ではありますまい。社会の下支えもままならぬ人々の生活と、とりわけ困難な状況にある雇用環境(非正規がそもそも存在すること自体、異常)、少子高齢化の急速な進行など、むしろそんなに大企業を優遇する理由などどこにも見当たらないはずです。

変わってゆく地球環境やグローバル化の圧力のなかにいる日本の状態をみるにつけ、拙速な延長線上の旧態依然とした愚策の反復に将来を見据えた政治と経済制御の見通しある判断と政策は見えてきません。彼らに日本の転換期を担う資格はないのです。現に求められるのはそんな古くさい頭ではなく、斬新で大胆な積極的前進を図る施策と人々の教化でしょう。啓蒙は有識者や職業教員などに任せてもうまくはないでしょう。政治を担う人々が人々の声を受け止め、変革を進める気概をもつことです。でないと、滅びます。

街灯のLED化2013年09月24日 21時29分19秒

LED街灯
昨年もある小さな町で、通学路を中心とした道路にある街灯がLEDにされていた、という話を記事にしましたが、今現在住み、仕事をしている町もLEDの街灯を設置していることに今朝、初めて気づきました。特徴は、電灯に比べて明るく、照明範囲が広く、(たぶん)電力量も少ないだろう、といったところでしょうか。おそらく、その明るさの持続時間は電灯より長く(長寿命)、耐候性に優れ、故障や「切れ」も著しく少ないだろう、といことは期待されたとおりとされています。

一方、その導入コストは大きく、これのみによりなかなか広く使われていない理由なのはこれも誰しもが分かっていることです。ただこれから先や電力消費の点を考えれば、初期投資の大きさは補って余り有る、といえることもまた、誰しもが知るところでしょう。

景観やモダンな印象は意外によろしく、うらぶれた感じの電灯や暗い道を思うと、どんどん、導入して欲しい、と強く感じます。古くさい町中に現代的な風景を取り入れる、そしてそれを広めることで衰退の一歩を辿るこの町にも新しい時代を予見させてくれます。違ったものの導入や昨日と違う明日を築くためにも異質とさえ言えるかもしれないことを進んで招くことにためらいや忌避あるいは排斥的な感覚をもつことは百害あって一利なし、です。文明開化の光のような感覚に襲われた朝でした。

福島の沖縄化2013年09月09日 18時39分38秒

チュウダイサギ
沖縄が日本とはいえないかのような状況とされて(まさに、意図的に)久しいのですが、今度は福島もか、と思わせた昨日の2020年オリンピック東京開催決定のときの東京の騒ぎようでした。自分たちのお金儲けや「経済の活性化」ばかりが頭に有り、その他の地域、とりわけ懸念材料とされて大迷惑な福島にとり、そのお金の使い道はいったい誰のため、何のためなの、と詰問したくなるような話ばかりです。NHKの夜7時のニュースでさえ、その経済効果やその後のことばかりでした。

沖縄振興と引き替えに、とは聞こえはいいのですが、沖縄はいまだ苦しみと迷惑を一身に背負っているのです。米兵の悪行の犠牲は後を絶ちませんし、墜落などもあったとしても、地元警察などは入れません。治外法権のまかり通る島にどのような幸福が訪れますか。経済的にも国内では最低の水準です。これはまた、原発事故で帰宅困難地域に指定され、だれも入れない地域の増えた福島県内と放射線を浴びあるいはその食糧・食餌から蓄積させた野生動物や植物、荒廃していく元居住地、どうしようも無い汚染水を無限にためられるはずもないのに安全宣言でごまかすという愚かな政府などに見捨てられたような地域住民をおもうといったい、何のためにそれほどまでにオリンピックで目をそらし、見かけの活性化を進めようとするのか、甚だしい疑念が湧いてきます。

厄介な物、断りにくいもの、そういったものに蓋をするかのように、何も心配ない、影響はない、安全だ、とうそぶくかれらに何ができるのでしょうか。日本の国内には2つの番外地があるかのようです。今からでも、開催を返上し、お金を困難を抱えた地域と人々のために使いましょう。そして、財政赤字を減らしましょう。孤独死、自殺、棄民、などなど、命さえ危ういところにどうしてあれだけ、東京の人たちはよろこべるのでしょうか。信じられない。絆は何の、誰のでしょうか。とっくに見捨てられた沖縄のごとく、福島もまた、同じことになりつつあるように思えます。

反・自由貿易論2013年08月30日 21時46分58秒

反・自由貿易論
日本社会の危機的な状況、というと大げさに聞こえるかもしれません。しかし、現実を「正しく」知り、真実を見つめようとすればするほど、本当のこの国、社会の状態や状況が見えてくるはずです。いくつもの危機の中で、取り上げたいのは、標題どおり、TPPの交渉に入った愚かな人たちの進めるあまりにナイーブで強迫観念に突き動かされたかのような発言や行動です。それに、何よりも、報道に真実を伝えようとは思えないような姿をみるからです。

とにかく、この本をよく読んでください。国家として、社会としての存立さえ危ぶまれる状況に陥る可能性を孕んだ危険な動きを看過できるはずはないことを知るはずです。「自由貿易」による豊かさの幻想は強い思い込みと固定観念によるのだ、ということが繰り返し述べられています。日本的なもの、つまり、日本そのもの=国家として、社会の同一性の危機を知ります。外圧を喜び、あまつさえ、外国に要求する、という愚かさ(その外国から暴露されるほど)、科学的な主張のはき違え、社会を規定する法律や規則の基礎となっている了解事項や共通認識の否定や喪失・無知など、あまりに基本的で結果として不可避的な売国的行為などに気づかされます。

そういったまさに「愚かさ」はどこからくるのか、私たち自身を顧み、身近な社会の壊れた状態の深刻な現実に目を向けなければなりません。壊れゆくのはリードする政府や官僚などだけではありません。もっと卑近なところでそれは目を覆わんばかりの現状をさらけ出していることに私たちははっきりと気づくべきです。誰がそうしたのかを含め、知らないではすまされない、関係ない、ではすまないことに気づき、目を覚まして欲しいと強く思うのです。機会さえあれば、はっきりとそう言いたい、それがわたしの読後感の中心を占めています。

デフレ脱却ことさらに喧伝2013年08月15日 19時39分52秒

終戦の日はいつ?
甘利経済担当相は消費者物価指数の数値プラス化を挙げ、また6月の失業率も3.9%だとして(何の関係もないのに)デフレーション状況はなくなりつつある、と表現しました。輸入に頼る電気・ガスなどの値上げにより押し上げられていて、それらを除いたら横ばいだ、としながら、消費の上向きと見かけの輸出増をその根拠としています。いかにも、無理矢理、との印象を拭えません。インフレターゲットを設定して物価の上昇により企業業績の上向き傾向を作りだそうとしても、そこには明かな誤謬があるのです。ただ、NHKにしても、他にしても、その真実や事実を適切に、あるいは正しく伝えているところはありません。

以前にも言及したように、私たち一般の生活を支える給与や年金、生活費の低水準化など基本的な収入・支出のバランスは未だに、いえ、これからも取れる状態にはありません。そもそも、下支えするべき人々に、260万の失業者(3.9%とはそいういうこと=総務省統計局)が無収入でいるのに景気は自律的に回復、などとはいうべきではありません。給与も上がらず、生活の時間的な部分も含め、余裕のなさを考えればなおさらでしょう。変動幅の大きな食料品など、ある水準以内でおさまる程度でないと生活は誰にとってもままなりません。

必要なのは生活の安定が社会としてその仕組みや枠組みの中で図られること、そして維持していくことです。それには、あらゆるコストを低減させ、余計な支出を消すことです。物価が上昇傾向にあればいい、などと脳天気なことを発言する大臣に経済を「再生」させることなど、ましてや、「新生」をはかるべきことは頭にはないでしょう。同じことをいくら繰り返しても、限りある社会・地球を考えれば無限の成長や高水準化をもくろむのはあまりに愚かだと言わざるをえません。どのような社会や経済の形態が望ましいのか、いまだからこそ、誰もが考えなければなりません。物価上昇を本気で喜ぶ庶民がどこの世界にいるのでしょうか。

生活コストの増大2013年08月01日 20時57分01秒

コストが
フランス2ではしばしば数値をはっきり挙げて社会の側面を明確に報道しています。きょうはそのひとつで、生活コストの増大を取り上げていました。切り詰める、つまり削減できるところは減らすのですが、どうしても少なくできないところもでてきます。収入はどの国、社会でも上がらず、一方で社会的な費用や事業等での歳出は増大する傾向にあります。そして、その方がバランスを取る道筋よりも大きくなり続けるのです。

先頃も、ガソリン代の急騰が新聞に載ってました。159円前後とか。一気に、2週間で10円(1Lあたり)高くなっています。同様に、電気料金やガス代、輸入にかかるコストや原材料費の高騰、当然ながら製品は高くなるのです。インフレターゲットを設けてその変動幅に調整して維持することで一定の経済的な成果を導きだそうという、扱いやすい手法で見かけの豊かさの再興を図っていますが、それとて、わたしたちの収入の頭打ちや(むしろ目減り)さまざまな出費の大幅な増大を考えれば無意味以外の何ものでもありません。

多くの人々が何となくのって自民党の伸長を後押ししてはかない成長幻想に浸ることを夢見たかのようです。でも、社会的なコストはもっと、たとえば、テレビなどではっきりと誰にでも分かる形で示すことです。本当の姿、真実を伝えることこそ、報道のあるべき姿であり、そこからわたしたちは考えなければなりません。どのようにこれから、いまからを変えていくか、私たち自身の喫緊の課題として知らぬ顔は許されないからです。

土用の丑の日2013年07月22日 18時43分29秒

スーパー鰻重のから
食べて気づいた写真のこと。スーパーマーケットに1ヶ月前に頼んでいた鰻重。その入れ物です。もちろん、国産、鹿児島産でした。一尾でご飯にのせて1780円。テレビでやっていた、愛知産の一尾2800円よりも安くて、それでいてよく焼かれていておいしいウナギでした。たれもかけてあり、ほどよい味加減。スーパー侮る勿れ。粉山椒はなく、唯一の心残りかも。ただ、この日も30℃を軽く超えていた暑さの中、やはりこれで元気を少しはつけてみたくなるものです。

平賀源内先生の発案から、日本中に広がったこの習慣、今では年中食べることで資源の枯渇も心配されるのは源内先生も予想しなかったことでしょう。周遊魚としてでなければ育たないこのウナギをどうするか、この日に食べるだけでなく、考えなければなりません。まず、始めるべきは、食べる量の低減、控えめにすることでしょうか。そうして少しずつ、稚魚を増やし、育てることに力を注ぐことです。幸い、内陸の湖沼も環境の改善は進んできていますから。いつからするの?今でしょ!

私たちにできること、いえ、進めなければならないこと、この漁業国でその大切な資源を適度に消費しつつ、ほどほどを心懸けた魚食の文化を再興することです。腹八分目で消費量の低め安定を図ることは維持可能な社会のひとつの姿です。自給はその消費量・需要の適正化もまた、寄与するはずだからです。その第一次産業の経済的な適正化を同時に創り上げること、焦眉の急と考えます。

八ッ場ダムはやめるべし2011年12月23日 10時30分17秒

前原誠司元国土交通相
昨日の群馬県の八ッ場ダムの建設続行の決定と地元への前田国土交通相の報告にはあきれかえってしまいました。居並ぶ建設前提の関係者の前で頭を下げる様には、この人はいったい、どこを向き、誰のために大臣をやっているのか、と大きな疑問を感じさせたのです。とにかく、このダムは建設中止の前提のもとに民主党は政権交代を果たしたのですし、国民やとりわけ、今苦しんでいる東北の人たちに対する大きな裏切りであり、到底、受け入れられるものではありません。

首相官邸と民主党のホームページから意見としてメールを送りましたが、その効果はたぶんないでしょう。でも、国民のひとりとして、黙っているわけにはまいりません。もしそれが密かな端緒にでもなれば幸いです。多くの声で再度、中止を宣言されるように人々の反対の発言などが集まることを願っています。

前原誠司政調会長に直接、ひとりでもがんばって欲しい、とのメールを送りたかったのですが、議員のホームページにはアドレスもフォームもなく、政府内でおそらくひとりの彼にはどう応援したらいいのか、わかりませんが、とにかく、ここから、わたしは前原さんに中止を貫くよう、支持を表明したいと思います。建設を進める側の国土交通相の継続確認や検証など、全く論外です。手前勝手な主張などを根拠にするなど、あまりに愚かしく、悲しく思います。