貧しさを覆う2011年12月15日 10時24分02秒

葬列
悲しみを押し込めて、地元の住民たちは田畑をつぶし、さらには先祖の眠る墓地まで脇に追い立てて碑を建てました。そこに祈られたのは過去への鎮魂と謝罪のことばでした。そして、その上を高速道路がはしるのです。すぐそばの、山に続く永代の願いは神の奉られたこの地方の一大神社にこめられました。けれども、その怒りはいずれこの地に振り下ろされることでしょう。

実際に、写真でおわかりのように、貧しい土地と人々の弱さや情けなさ、そしてその心の愚かしさをお金で覆うかのようなコンクリートの橋脚の列が居並ぶのです。これで、この扇状地の景観は台無しです。その上の集落からはもう海は見えなくなるのです。組み込まれた道路網の恩恵は素通りです。アクセスの少しの不便さこそ、泊まりの観光の第一ステップだったはずなのに。

便利さ、容易さと引き替えにどれほどのものを失うのでしょうか。一目瞭然だと誰もがわかっていて、それでも誰も止めようとはしませんでした。誰も、大声で反対を叫ぶことどころか、こぞってその早期建設を表立って求め、その際のお金をいただいたのでした。インターチェンジを造ったところで、破壊は破壊でしかありません。生き物たちもまた、追いやられ、命は絶たれます。命も明日を奪うのは、なんでもない、人々の心なのです。

TPPの現実を知るべし2011年11月10日 16時36分42秒

貴重な国産松茸
先日来のニュース報道を視聴していると、どうも野田首相は参加表明をAPECまで、あるいはそのときにしそうな様子です。情けないのは、『国民の生活が第一』として総選挙で勝利した民主党です。賛否両論に気遣って曖昧な表現で済ませたのですから。何より、誰かの目を伺うような態度、こびへつらうと言っていい態度は捨てて、誰よりも私たち日本国民と日本の現状に眼をむけるべきでしょう。

反対の大合唱になおさからうように企業・経済界の代表たちは政府をけしかけています。でも、彼ら自身の足下を揺るがし、存立基盤たるこの日本の国土や世界に誇りうる制度、安全性という点で間違いなく高い信頼性をもち少ないながらも輸出さえしている農業、水産業に深刻で致命的な打撃を与えかねないことに考えを巡らすことです。農林水産省でさえ、自給率は13%に低下する、といっています。自分たちの食さえ脅かすことになるのに、どうして「グローバルな枠組み」にこだわるのでしょうか。

いまこの国は、誰もがいっているように、大変な危機にあります。復興だけでもどれほどのお金や労力、目に見えない作業がまっているかはかりしれませんし、原発の事故は観光にさえあまりに大きな打撃でした。一方的な「枠組み」や形ばかりの、ことばだけの「連携・パートナーシップ」などに騙されず、しっかりと足下を見つめ、新たな立脚点を探るべき、大転換のときなのです。野田さん、亡国の宰相として名を残すのはやめなさい。

オリンパスの魔2011年11月08日 19時20分03秒

やっぱり、というか因果を自明のこととして不正な処理と隠蔽工作が明らかにされました。現社長はようやく、自覚したのでしょう。イギリス人の元社長は全く正しかったわけです。その前社長を解任してまで隠そうとしてきた旧経営陣の情けなさ、恥知らずの姿勢は日本の企業の優位性を危うくさせます。

同様に、ようやく、各政党とともに、民主党もまた、TPPのその悪魔的な意図に気づき始めたのではないでしょうか。国民新党の亀井氏も首相に進言してくれたのですし、これからの、いえ、今の日本の危機にさらにその土台と礎をなし崩す危険性に首相以下、政権中枢だけでなく官僚も偉そうで何も見えていない企業の主導者たちもまた、目覚めるべきです。

光学はその光の追求の結果です。真実に目覚めるとき、ものごとが動き始めるのです。

自由貿易と公平性2011年11月01日 10時32分04秒

マルバグミの花
TPP参加の適否はかまびすしくなってようやく議論も始まったか、とおもえるのですが、どうも、昨日も記事にしたように、充分な数値や必要な情報の欠如で考えるべき道筋を失いかねない状況のように思えます。実際、現実の「自由貿易」などあり得ませんし、どこかが得をし、どこかが収奪され、不均衡は南北問題と併せて考えるべきところです。そこでわかるように、公平なやりとりがなされているとはいえないからです。

アメリカの言う「自由」とは、自国の企業の優位性を元にしたなかば一方的な押しつけですし、公正さをもとにして輸出入を適正に維持し衡量する仕組みも体系も先に考えてはいません。また、本来なされるべき公平性の確立に向けた調整や均衡を図る基礎をないがしろにしようとしているだけに思えます。この日本でさえ、充分な競争あるいは比較の土台や基盤とすべきところに本質的な欠陥をかかえています。もとより、すべての国々や地域間に何もルールなき「自由」な貿易など存立し得ません。これはこれまでの歴史からも教えられることです。

今一度、「自由」な経済とはなにか、公平・公正な取り決めや仕組み・枠組みとはなにか、を考え直し、現状でのアメリカの言うTPPの本質的問題をあらわにすべきなのです。

先を見据えよ(円、輸出、TPP)2011年10月27日 10時55分26秒

相変わらずの橋脚工事
安住財務省の会見を見て、なんと愚かな政治家か、と慨嘆するところです。実際に、その『断固とした』市場介入の効果が過去に、とくに近年、あったでしょうか。ごく一時的に「円安」にふれてもすぐにその反対になりました。そんなことを繰り返しても実質経済に何の影響もありません。また、大企業だけでなく、中小の企業まで、ただ輸出のため、つまり価格競争のゆえに自国の通貨の価値を「下げる」ことを望むのです。あまりに愚かな考えです。TPPは結局、自国の産業を破壊し、最も大切な食の安全さえ奪うのです。

ただ他国が参加し一体化した経済圏での単価競争に並ぶことは産業構造や経済社会の新しい枠組みを創るのではなく単に影響力を持つ企業や産業の強大なところが得をする仕組みのごり押しにすぎません。そして、現実にさえ、どこの国が自国の通貨の価値の低さを喜ぶのでしょうか。変えるべきは、『断固とした』政策でしょうし、その社会の仕組みの大転換です。多くの識者や賢者が述べたり書いたりしているように、この大震災と気候の大きな転換期になすべきは過去への拘泥や現状の構造ややり方の保持とそのままの引き上げではありません。

政治家たちや各界の指導者・先導者たち、あるいはその予備軍に求められるのはその先見性と展望ですし、それらに基づいた揺るぎない方策や構築です。先を見通す目のない「近視眼的な」彼らなら、もう日本に必要ありません。自らの誤りに気づかず、過ちを繰り返すことこそ、愚か、と呼ぶのです。

引きずらずに転換を2011年10月26日 09時30分23秒

たばこの看板
この2種類の看板は日本の経済状況や社会の足踏み状態を象徴しているかのようです。相変わらず、これほどたばこの害が喧伝され、代価の値上げ、禁煙場所の増加(というより喫煙の排除)、等々、取り巻く状況の急速な狭隘化にもかかわらず、吸う人はいるのです。あれほどの事故の中、経済団体の代表たちは原発の必要性に拘泥しています。政治家はその顔色をうかがい、人々の反対・脱原発の叫びをも黙殺しています。社会の閉塞的な状況はますます希望の見えない環境の固定化と社会の衰退を招いています。

過去の遺物やはっきりとした害悪のもとなどをいつまでも引きずる必要などありません。今はやりの断捨離を考えれば、たばこは言うに及ばず、輸出に頼る経済の仕組みや枠組み、価格競争にばかり目をやる能なしの人たち、ふるさとを追われてもなおふるさとを思う、そんな悲しさ以上の苦難の人々を生み出す原発、いつまでも大規模公共事業の継続に闇雲になる者たちにがつんときたはずのあの福島の事故でもまだ目を覚ましません。彼らにどうやって現実の姿を思い知らせることができるのでしょうか。

ドイツでは風力と水の電解による水素の貯蔵とその燃焼を利用したハイブリッド型発電と水素自体の燃料化の実用化に至っています。これは一つの例に過ぎませんが、私たち日本人のそれこそ過去から積み重ねてきた改良や工夫の才をいまこそ生かすときです。繰り返しますが、社会の断捨離をすすめ、転換に突き進むときなのです。

自動車道より必要なこと2011年09月02日 08時15分13秒

橋脚穴(土台?)
写真は川に架けられる高速道路の橋脚の基礎となる部分です。ここには小さな畑があってささやかな収穫がありました。また、南北の生活道路がまっすぐに走っていたのにそれを無理矢理曲げてしまいました。そして、この東西の自動車専用道路ができると、もうその上の集落からは海が見えなくなります。この地域の大きな社も下になり、墓場までつぶして、冒涜もひどいものです。景観だけでなく、大気汚染、田んぼの日当たりの妨害、粉塵、騒音、振動、そのほか諸々の害がでます。なのに、経済効果など見込めません。

そもそも、かつてはここには国道と旧街道の細い道だけでした。渋滞などが夏場は問題になり、もう一本の生活道路こそ必要、との声があったのですが、消えました。本来、通過するに過ぎない道路のために生活空間や土地を破壊し、生活道路の何倍もの税金を注ぎ込んで「建設」するそんな道路にメリットなどこの地域にはありません。この地方を豊かにするどころか、アクセスを簡便にするどころか、実害はこれから有形無形に増えてくるでしょう。あまりに愚かな施策です。

大切なのは、人々を呼び寄せ、アクセスを細やかにしてこの地方に入ってもらうにはもっと地域に密着した道路が必要です。生活や文化に直結する道こそ人々の交流を増やし、生活者や訪問者、あるいは定住者を呼び戻す一つのよすがともなるのです。どこでもとの発想での高速自動車道は百害あって一利なし、です。「遅れた」存在でいいのです。「取り残された」地方でいいのです。その文化や特性、本来ある歴史的社会的な豊かさこそ人を惹きつける財産なのです。それを破壊して何が始まるのでしょうか。何になるでしょうか。元も子もなくなります。その反対に掘り起こし、再生や地方の新生を図ること、そのためには自動車道に掛けるお金を使うことです。根本的に間違っています。

野ダメ、野田め、野田はだめ2011年08月30日 07時37分36秒

庶民の声
民主党新代表に選出された野田佳彦氏はそれ以前からこの人はダメだ、と評されていたということです。実際、永田議員の偽メール事件後、いえ、彼を死から救えなかった不人情以上の責任、復興と経済の再生にかかるときに増税を積極的に言い出す愚かさ、一国のほんの一握りの拠出(介入)で円”高”を修正できる、しようとする浅はかさ、といった主立ったところでも不適切な、最悪の選択であることは明白です。

のだめ、というのは、野田恵(のだめぐみ)の略だそうですが、(『のだめカンタービレ』)、この人の場合は間違いなくダメ(駄目)ののダメなのです。そもそも、経済やその施策、社会的な役割についての発言や方法論はあまりにお粗末で、全く理解していないとおもわれるからです。さらには、この震災時の現状認識を欠いていることはあきらかで、代表選挙に名乗りを上げる早さやその意図からとても日本や東北地方のことを考えてのこととは思えません。つまり、日本を背負って立つ気概や意気込みを感じさせません。それなりの言葉はあっても、官僚や自民公明の言うことに耳を傾けるどころか、みずから、昨日などは、『信頼を寄せていただく』などという始末です(いただく、ではないノダ)。

小沢氏がいうように、本来、マニフェストつまり国民に対する約束を実行する、そのために野党との協力や協議を行う、というのが本筋です。ましてや、この日本の危機に際して増税を第一に挙げるなど、論外でしょう。自己認識さえおぼつかないこの人を総理大臣に選ばねばならない不幸のつけは国民が負うことになるのです。

進む破壊22011年08月27日 17時03分07秒

壊す、その1
八ッ場ダムのように、工事途中でも中止、あるいは計画変更などの形で止められることもあると思うのです。いまでも私は現在進行形の自動車専用道路、あるいは高速自動車道の建設には反対です。もうすでに、高架道路の桁や橋脚の並びで景観は台無しです。そして山肌は地肌でそこにコンクリートなどを吹きつけあるいは壁となり、どんどんあるべき姿を壊しています。

以前に記事にしましたが、めだった反対運動も起こらず、いまもまた成り行き任せの工事を放置しています。それどころか、山の麓の大切な神社やその参道周辺はこれから見えなくなるのです。わざわざ墓まで移動させ、このふたつで相当な罰当たりと思えます。ご先祖様に申し訳が立たないでしょうに。

大切な田畑や環境を破壊して得られるのは何でしょうか。さらなる環境の悪化、景観破壊、荒んだ人心の助長でしょうか。いったい、いつまで同じ愚行を繰り返せば目が覚めるのでしょうか。

橋下大阪府知事に同感2011年06月30日 09時27分46秒

ヘイケボタル(昨夜)
時季の変わり目か、今までいた水路付近のゲンジボタルはめっきり減り、変わってヘイケボタルが出てきました。写真は手のひらにのせてみたところです。ちかちかと蛍の光はなにやら警告のようでもあり、環境と社会の異変に対する私たちへのメッセージなのかもしれません。

君が代斉唱に関する橋下徹大阪府知事の強引な手法と条例制定には断固反対しますが、このたびの原発に関する発言は全く同感です。明確な根拠も証明もないまま、ただ『安全性は確保された』というたぐいの国の「説明」や「懇願」には確かに『大丈夫ですよ、そうしないと霊に祟られますよ』といった霊感商法の手口に似ています。ただ金を出せ、では出さないだろうから恐れるようにもっていき信じ込ませる、まさに片手に剣、片手に...のあくどい商法やぼったくりだといわれても仕方がありません。田舎者をばかにするな。

わたしたちがそのお金に目がくらんで何も見せられずに騙され、すっかり安心しきって受け入れた多くの原発と、危険と隣り合わせだということをこの福島原発事故でいやというほど思い知らされてもなお、お馬鹿な一部自治体などは渋々とした態度で思わせぶりな仕草を見せながらまた札束でひっぱたかれようとしています。その代償としての交付金など、わたしは願い下げです。貧しくとも決して求めず、あるべき地域の姿を想う、それこそ望まれる態度です。何人もの人たちが発言しているように、多大な資金や税金は今からでも代替エネルギー・再生可能エネルギーの推進と開発に向けることです。今すぐに。