反社会的癒着2013年10月30日 21時17分07秒

浅黄斑蝶
みずほ銀行の反社会的勢力への融資問題は金融庁にも大きな責任がある、との指摘は大きな声となってそういった勢力への楯となったり反抗となったりせずに終わる傾向にあります。いつもそうです。ただ、その企業や行政当局の姿勢の弱さを非難して次第に収束、というパターンに終始するのです。なぜでしょうか。恐れや対応する個々人への暴力・暴力的威迫など、危害へとつながりかねない、という現実は毅然とした対応やそのバックアップを怯ませてしまっています。

私たちにとり、必要なのは、個々人にしばしば振り向けられる行為への、それこそ、集団あるいは連帯した社会的な拒絶と追放への行動です。ひとまかせや当事者だけへの非難などで自分たちはしりません、といった態度が後を絶たない反社会的勢力の横暴とそれらとの癒着に認可を与えてしまっているからです。より厳格な立法と警察の働きや市民の勇気と協力、教育における暴力に対する姿勢の醸成と意識的な抗う取り組みなど、弱いひとりひとりでの反抗ではできない大きな力を培うことが焦眉の急です。

翻って、ごく身近でも、暴力に弱腰でなお、逆らってはいけない、とか、おとなしく引っ込むように手なずける、そして別の世界に住んでもらう、といった対応こそうまくおさめるために必要だ、といった「常識」や「賢明さ」のために、いつまでもその根は絶たれないままに残存するのです。私たちひとりひとりにとって、何より求められるのは、使い古されたことばですが、強きをくじき、弱気を助ける、といったわかりやすくそれでいて、ほんとうに勇気を求められる真の姿勢と行動です。どの人にとってもそれは逃れていいことではありません。この社会から、まさに、「反社会的勢力」をなくすために、あなたの足下から見直し、困っている人に手をさしのべ、力になり、いつも変わらずに接し、ときに連帯してあらゆる暴力に立ち向かう、その姿勢を育てませんか。