受難の出自 ― 2006年05月26日 20時43分31秒
毎朝通る山の裏の道にはしばしばゴミが投げ捨てられています。以前はその裏手に山のようにあらゆるごみがあって、一度大がかりな掃除をし、その後に金属ネットをつけています。そのせいか、今度は道の上にゴミが目立つようになったのです。山陰なのでわからないから、捨てるのでしょうか、捨ててしまえば後は知らない、で済むのでしょうか。
とくに、カラスたちにとって、そして時折現れるタヌキたちにとって、楽に取れるえさになったようです。今朝も一羽のカラスが買い物袋の中からなにやら引っ張り出して、近づくと咥えて飛び去りました。でもそういった「えさ」はカラスやタヌキやなんかにとり、けっして好ましい「えさ」ではないはずです。もともと、自然には存在しない素材やなんか(包装物なども含めて)でできたものですから、いくら丈夫で雑食性で慣れたカラスやタヌキにとっても、体によくないのは明らかです。
環境美化、でひとくくりにされることの多い、ゴミ拾い・集めですが、日常的な場所や裏手の陰になって見えないところ、人目の少ないところなどはそういった活動の対象にはなりません。それだからか、平気で捨てるとすれば、一方でよい活動をしていても、陰では平然と汚している、それはかなり恥ずかしい行為なはずです。でも、それを認識している人は、実際に、捨てる人たちの中にはいる道理がありません。
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