朝の漁 ― 2006年12月21日 21時06分13秒

きょうは曇ってはいましたが朝から静かで波もなく、小型船での漁は危なくもなかったのでしょう。こんな天候のほうがよくかかる、とは昔聞いた話ですが、近海漁ではこの頃はどうなのか、少し気にはなります。明け方のこの時期としてはこの地方では珍しい凪いだ状態の続く海は暖冬のせいでもあり、その原因を知るときやはり考えてしまいます。
またですが、このさらに沖合でも何隻か、漁をしているのが見えました。この漁場を失わないため、私たち自身、できることをする以前の問題として、生活を見直し、何が水や周辺環境を汚染するのか、暖冬を引き起こすのは何か、再考すべきです。もう、待ったなし、ですから。午後の降臨 ― 2006年12月22日 20時49分36秒

さーっと大粒でなくとも雨が斜めに直線的に降る様は遠くから見ているとなかなか美しいものがありますが、やはり光はきれいです。明るくなる前の短時間、降り注ぐシャワーのような光束は少しうれしくなるところです。
このあと、雲も晴れてそのままの太陽が輝き出しましたが、冬至とはそのように明けてくる境目だったのです。正確には、午前中の9時過ぎですから、ちょうど世の中が明けた明日の時間だったわけですね。でも、何もいいことはありません。酷くなる一方の今の社会、とりわけ上に立つ者たち(権力者や企業)があまりに利己的で無能すぎるのです。どんどん、日本は美しい国どころか、醜くさもしく汚い国になって壊れていきます。ホオジロのつがい ― 2006年12月23日 21時30分25秒

今日の写真も同じです。川の土手上の枯れ草の上なのですが、飛び移って同じ向きでまた今度は同じように南を向いてとまりました。左がメスで右がオスです。雀などは一本の電線などにとまってもあちこち向いていることの方が多いのは誰しもわかるはずですが、こと、ホオジロについては同じなのです。一本の草にとまっても、上下並んでやはり同じ方向を凝視している姿を目にします。
4、5羽が枯れ草の繁みに飛び、同じ向きに移っていくのです。小群での移動が日課のように繰り返されているのはそれぞれを互いに認識し合う結果なのでしょうか。外れたりはぐれたり、ということはなく、確かに遅れたり単独に見える個体もいますがまとまっているときは決まって同じ行動をとるように思えます。「報道特集」の”いじめと闘う少女” ― 2006年12月24日 22時13分56秒

内容はほんとうに酷いものです。小学生がどうして、そんなことを平気でするのか、それに対してどうして学校で適切な対処ができないのか、なぜ相談や対策後にさらに陰湿化して悪化するのか、今の状況を作り出しているのはなんなのか、何より、どうして、他の子供たちが味方をしてやれなかったのか、それが腹立たしく感じます。そういった子供たちを育てているのは他ならぬ親であり、住民であり、私たちです。
現在の社会の存立状態に基本的な問題があります。優勝劣敗、といえば聞こえはいいのですが、現実は他人を追い落とせ、蹴落とせ、負けたらおしまい、が端的な基準にさえなりつつあります。それが日本人の集団的退行傾向に拍車をかけ、力を振るう側ではなく、何も持てない弱者に向かってしまいます。もともと、そうではなかったはずの私たちの祖先は、とりわけ長期の徳川支配下の身分固定(上を見るな、下を見よ)社会でのとげ抜き、牙抜きにまんまとはまってしまった結果とその形を変えた延長の明治以降の心理的支配によってあまりに弱くなったのです。卑屈で、卑怯で冷酷な心がその意志を持ったとき、いじめはどこにでも現れるのです。もっと、私たちが私たち自身の心の内実に迫るべきです。
死んでいたモグラと霜 ― 2006年12月25日 21時28分56秒

天体観測からご無沙汰していて、もうほとんど夜は外に出ないので昨晩から今朝まで、どんな具合だったかわかりませんが、おそらくこの秋冬で最初の霜が見られました。これから逆に考えると、地中の温度低下はさらに著しいものがあったと推察されます。なんとかやっとでてきたモグラにとって、外は更に空気の流れと相まって限界を過ぎてしまったと想像できます。急速な体温低下が招いた結果と思われるのです。
日中は気温は上がり、風のないところではぽかぽか状態で(気温自体は10℃前後)空も晴れ上がり、上天気でした。雪の保温を期待できない暖冬はかえって不幸なのだ、という一例でした。今朝の漁 ― 2006年12月26日 21時11分15秒

こういった光景はどこか、実際の大変さを別にすると、見ていてほっとするような、安心できるようなところがあります。流れ込む汚水はみたところはありません。周辺も際だった破壊や景観さえ見苦しいところもすくなく、近場で充分な私たちの生活に適した形で漁がなされるのはそれはそれで嬉しいものです。
しかし、ここに流れ込む水路(もともとは川)に、少し上の下水処理場からの処理水が合流しています。その地点に近づくだけで塩素臭がします。町のあらゆる場所から集められた汚水をまとめて処理した「水」なのです。一見、効率も効果もよくて好ましいと考えられがちですが、どっこい、それは基本的な問題を抱えています。まとめて、一緒くたにして、という点です。さらに、こういった元川の水路はすでにそれ自身の浄化能力を失っている問題もあります。そういった様々なはっきりさせられていない問題をはらんだ水を海に直接流し込んでいるのです。冬のキセキレイ ― 2006年12月27日 21時52分42秒

写真はメスですが、オス、メス共に「よく」見かけます。しかしながら、未だにどこからか、はっきりと確かめられていません。移動範囲がセグロセキレイより遙かに大きいためと速さのせいかもしれません。
今日は北よりの強風でしたが冬にしては”暖か”で朝でも11℃を上回り、変な感じでした。あまり当たらない、当てにならない気象情報ですが、また明日から「冬」になり、2~3日雪の可能性が高いとのこと、「情報」と天候、いえ、それをつくり出す者たちに要注意、といったところでしょうか。イノシシの果て ― 2006年12月28日 20時45分47秒

かくいう私も、大きめのイノシシ一匹をどうにかできたはずもなく、やりすごしていたわけで、偉そうなことはいえません。ただその場で祈ってあげただけでした。
山の間や裾野を走るせいか、この路線の脇やなんかではイノシシ、シカ、イタチ、テン、タヌキなど、横切る動物たちは多く、運悪く列車に出くわして驚いて線路の向きそのままに走って逃げるものたちもいて、結局はねられてしまいます。とくに、雪のある時期によくみられます。列車に乗っていても、朝の時間に見かけたり、実際にはねられたのを見たことも何度もあるのです。一時間から2時間に一本の列車に当たってしまうのですから、普段、とおるはずもなく、と信じていた動物たちがやはり、気の毒です。遅れて来た初雪 ― 2006年12月29日 22時24分19秒
風の強いこと。その冷たさ。朝2℃くらいだったのがその北風のせいで0℃にまで下がってきました。でも私は慣れているはずなのに、寒さは苦手です。身体も心も縮み上がってしまって動こうとしません。猫たちの気持ちがよくわかる季節です。
午後はもうゆるみ始め、その積雪も2cmもなくなってしまいました。例年の初雪の頃とその点は似ては居ますが、これから、どうなるんでしょうか。伝えない、伝わらない、その向こう ― 2006年12月30日 22時12分04秒
どこか、報道番組は似たり寄ったりで、部分部分に工夫や独自取材等が見られはしますが、かなりの部分はどれも使う言葉まで同じです。これでは本当に知りたいこと、知るべき事実が伝わりません。意図的にそういった作り方をしているとしか思えないところがあります。先日も記事に述べたように、特に政治向きで顕著ですし、経済ニュースはあまりに企業に好意的にすぎます。というより、そんなに企業動向が重要でしょうか。
私たちが知り、また考えるべき事実はその裏に見え隠れしていますし、無批判に流される報道の姿勢そのもの、その背後の真実や恣意的な制作報道に疑念の目を向けられるような教育こそ、もっと小さい頃からすべきです。見るべきは多面的で多角的で深い考察に基づいたそれぞれの事実の積み重ねとその批判でなければなりません。このままではまったく、いけません。
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