いったい何をするの(INS)2011年03月01日 13時31分47秒

山の破壊
写真は車窓から見える道路工事現場です。まさに、山と環境の破壊そのものです。雨だというのにやってます。どういうつもりでしょうか。そんなに壊してどこへゆく、といったところですね。自動車の通るところ、破壊された土地ばかり。どうなるっていうのでしょうか。山の土手っ腹にトンネルを掘り、周囲の緑をなぎ倒し、やっとの思いで生きている生き物たちを踏みつぶし、あるいは狭い奥に追いやって、それでよくなるのは一部の業者のみです。馬鹿な人たちはお金が入って一時的に喜ぶのかもしれませんが、後になって売らなければよかった、といっても元には戻りません。

INS状態、と時折いいます。狭い日本、そんなに...でどこへゆく、そんなキャッチフレーズが思い浮かびます。いずれ消えるのだ、と割り切ったのかもしれませんが、自然の猶予も待たないままに身勝手な断絶と分断と遮断を押し切ってやり続ける、そんな彼らの無神経さが理解できません。訳もわからないままに為されていく所為の行く末を思いやるとき、やりきれなさと悲しさと空しさと沸々とした怒りとがこみ上げてきます。こんなことをいったい、いつまで続ければ気が済むのでしょうか。何一つ、現実に生み出すことなどないのです。結局はすべては失われてしまうことは自明なのです。

愚かさは繕うべくもなし、と以前にも警句を挙げたように、後悔してやり直そうとしても、回復も再生も不可能なのです。自分たちが何一つ学ぶことも無いままになお繰り返すというその悲しいくらいの愚かさをどうやって教えたらいいのでしょうか。

訪れない理由2011年03月02日 17時18分45秒

雨に煙る田舎の風景
西の町に出かけました。用事があったのでとにもかくにもいかなければならなかったわけです。そして、ついでに写真を撮っておこうと思ったのですが、雨模様というだけでなく、カメラに収めたい、と思うような風景も光景もありませんでした。これはいつもこの町にいて思うことです。その途中の車窓からの風景などはそれなりにいいなと感じることはあるのですが、ことこの町の中ではそんな感覚を覚えたことが無かったのです。

どうしてそうなのか、帰りに思い当たりました。単に魅力が無いというのではなく、その町並みや建物、造りや居並ぶ事物に特徴が無いだけでなく、何よりも、小綺麗さとか、美しさ、はっとするような印象を全く見いだせないのです。ごく一部に昔ながらの家並みなどはあるにはあるのですが、それとて、取り立てて魅力的な歴史を感じさせはしません。ああ、ここは本当の、古き姿だな、とか、彩りの豊かな環境だな、とか、温かさや懐かしさ、そういったものを醸し出すことすらないのです。

少し離れると田舎らしい風景が残っています。そこで初めて、ちょっとカメラに手が伸びるのです。でも中心的な市街地を眺めてもその単調さと単色に近い色、まだ春の手前とはいえ生きた形や歩みをほとんど感じさせない環境に、他の人はどう思うのか、感じるのかわかりませんが、私はこの町を外にいて訪れたい、そんな気持ちにはなりません。何らかの必要ややむを得ない理由以外、足を運ぶ理由を見いだせません。住んでいる人たちはあまりに感性も感覚も感受性もなさ過ぎます。かつての藩の中心地だったとは到底思えません。

足踏みの春2011年03月03日 17時01分43秒

マンサクの花
昨日、今日と雪が時折舞う天候で寒さは1月下旬並みとか、まさに春は名のみの、の早春賦の世界です。せっかく暖かくなりちらほらと地面にもかわいい花も咲いて気持ちも上向いてきたと思ったらこの有り様です。こういうのは萎えさせます。

京大はじめ、4大学での入試不正であろうことか、「逮捕」された予備校生もまた、足踏みどころか足を踏み外されてしまったようです。私には昨日の東大学長のことば、『私も教育者ですから...』も、きょうの京大の人の『更生してほしい』も空々しく聞こえます。ほんとうの教育者なら、簡単に若い人を司直の手に譲り渡すことなどしないものです。確かに、不正は不正であり、入学や試験そのものを取り消されても文句は言えません。でも「逮捕」や「裁判」は行き過ぎと感じます。彼の人生を奪おうという意図しかみえません。余計な作業や捜査協力をしたからといって、偽計業務妨害はどうでしょうか。ただ、足踏みをさせる、それだけでも十分な懲罰になると信じます。

また私も春に至りません。ともかく、今日はひどく神経が疲れました。他人の心配と自身の心配や気疲れで折れそうでした。

春を求める心優しい人たちに、ひたむきな人たちに一刻も早くと願わずにはいられません。もちろん、私自身も。

今から始める2011年03月07日 14時19分55秒

北部の山
気温も風も春先の姿になってきました。今日の雨も冷たくなくてようやく春を迎える、という気持ちにさせてくれます。何より、それを現実にする美しい人を迎えられたら、と望む思いはそのままに春を呼んでいるのです。

ですから、どこにも「もう」も「これで」も「すでに」もありません。一度もないことにそんな表現は使わないのです。まず、現実の行為を受け取らなければならないからです。もちろん、ポジティブなことばであり、実行行為です。それが時間とともに前に進む、という当たり前の姿なのです。そうです。これから、始めるのです。何もかも。そして、心ある人たちが幸福をつかむのです。

きのうの風景は明日を呼び込んでいます。山のぼんやりとした姿も、その残雪の模様もこれからの春を謳っているのです。春よ、来い!

南三陸町の津波被害2011年03月13日 19時13分51秒

南三陸町の津波
東北関東(東日本)大震災での最大の被害をもたらしたのは大津波です。その状況は繰り返しテレビなどで流され、文字通り家々も何もかもが流されていく実況は涙なしでは見られませんでした。その一つがYouTube にありました。高台の志津川中学校に避難した住民の撮影だそうですが、そのあまりのリアルさに目を見張りました。真ん中を流れる志津川から駆け上がってきた津波が町を襲う様子は切迫感があります。

地図や写真を総合してみると、津波は湾で集約されて大きなうねりとなって高さは10mを超えていたと思われます。町の中央部を呑み込んだその海水は中心部全域を覆い、とても逃げ遅れた人たちを助けることはできなかったと思われます。津波自体は4~5mほどでもその陸地の構造や河川、湾口などの造りと流れにより深く、しかも速く進むという実態を知ることができます。

学ぶことは数多いのですが、何より、この大地震の復旧を含め、全国民の知恵と力の結集が必要です。どのようにその災害からの回復とこれからの構築、防災を考えるか、地震国日本に住む私たちの、まさに命がけの姿勢が試されるのです。

思いはともに2011年03月14日 22時12分03秒

春は重なり
悲惨さを通り越してしまうその惨状を見るに付け、私たちのこれからは被災地の人々と共有されるのだ、と信じます。こちらでは変わらない生活ですが、被災者の多くの人たちとこれからを創る、それは変わらない思いです。職場で緊急集会があり、黙祷を捧げた後、できることとして募金をしてその成果を届けようとのこと、必ずなにがしかの力にと願わずにはいられません。

なにより、復興はすでに始まっているのだ、というある人のブログでの話にもあるとおり、とにかく進めなければ、ただ茫然としているだけでは何も乗り越えられないからです。あまりの負の重なりですが、写真のごとく、春は確実にその重なりを咲かせています。

重なってはならない原子力発電所の原子炉の事故は極めて危険と思われるのですが、不運では済まされない重なりを避けるためにとにかく前向きに思考することです。思い出や祈りを残しながらも建設的で前進的な行動を起こすことです。

復興に必要なこと2011年03月17日 16時35分42秒

ようやく動き出した感のある大地震と津波からの復興ですが、沿岸部の惨状は容易に道路さえ整備できません。それでも交通網の復活と物資の輸送、人の行き来をとにかくもスムーズにして、首都圏で起こっている買い占めなどもなくしていかねばなりません。誰もが考えることですが、石油元売り会社がいっているように、無いのではないのですから、必要なのは確かな情報を広く知らしめることです。

特に求められるのは、もう一つの深刻な災害、いえ、人災とも囁かれる福島第一原発です。諸外国やIAEAからも批判されているように、ここもまた、確かな計測結果と現状の明確な発表が為されているとは思えません。信頼こそとりわけ私たちや日本という国にとって何よりの財産でなければなりません。これまで培ってきたその製品や人々の振るまいにまで至る日本と日本人への信頼感をここで崩させてはなりません。政府の強く気概のあるリーダーシップを求めます。

それにしても私自身、あるいは多くの人々が思うように、あまりに、もどかしい、その気持ちがたまっているのです。すでにボランティア活動になれた人たちが動き始めていますが、やったことのない私のような人間にでもできる何か他のことも早急に行う必要があると感じます。慣れていないわたし(たち)に誰かが助言と指導を広くしていただければ、と痛切に感じています。

連携と伝達網2011年03月18日 09時17分23秒

カシラダカのオス
中央の政府は実質的に機能していないようにみえますが、各自治体の働きは決定的に重要です。その意味で、分断されている現状の解消と地域内外の連絡網・伝達網の再構築あるいは新規の構成を直ちに行うことが必要ではないでしょうか。県レベルの全体的な支援と協力は担当部署が速やかに連絡を取り合い、進めればいいのですし、より小さな自治体、つまり市町村レベルでの相互扶助と具体的な物資の輸送の取り決めをすることは焦眉の急と思われます。

もう一つ、寸断されているインターネットなどの補助電源や緊急電源での運用と各避難所や自治体の特設の場所と部署を結ぶ通信・伝達手段の回復と運用、すべての人たちの共用を造るのはどうでしょうか。これもまた、上記の輸送網と道路あるいは鉄道貨物の復旧が鍵になりますが、まず今生きている人たちから助け合う体制を築くことは大きなきっかけになると信じます。

さらにもう一度、日本全体での燃料・食糧・生活必需品などの存在状況をまとめて送り合う体制を各自治体が協力して一本化させることが必要です。その上で、情報を互いに共有し合う仕組みを早急に構築することは無用の買い占めや滞り、不足、そして情報不足による混乱や不安、いらだちなどを解消することにつながると考えます。無能な政府に頼らない体制と仕組みをわたしたち自らの手によってつくらなければなりません。

誰もがわかること、彼らがすべきこと2011年03月19日 10時00分00秒

カシラダカの雌
福島第一原発の深刻な事故を見続けて思うのです。なぜ、かれら(東電、政府、原子力関係者)は適切な対応と処置、そして情報公開をしないのか、ということです。とりわけ、していることが的確かどうか、そして有用な助言や助力が得られるか、さらには無用な不安や非難を退けて信頼を取り戻せるかはその情報の公開にあることは自明だからです。IAEAまでもが自前の測定を行うといって専門家チームを派遣してきています。情けなく、恥ずかしい。

私が思うに、建屋が吹っ飛んだ時からどうすればよいか考えていたのですが(学生時代の講義を思い起こして)、中性子の吸収剤としてのホウ酸(韓国とフランスが申し出)を入れるにしても、水を入れるのでも、無人の機械をなぜ使わないのか、ということです。誰もが思いつくように、有人のヘリなどではなく、無人の農薬散布などに使う小型ヘリを使って投下すればいいのです。あるいは、ヘリにダクトやパイプ(もちろんとっかかりをつけて)建屋内の燃料プールに掛かるようにして遠隔地から水をポンプで流し込むという方法もあると思うのです。

さらに、今からでも、IAEAや諸外国とくにアメリカなどと競合するかもしれませんが、放射能の2次元だけでなく(16日から文科省のページで発表、でも遅すぎた)、3次元分布を一定時間ごとに測定しすべてのデータを生データを含めてアジアにはもちろん、太平洋岸の諸国にすべて伝達することです。そしてかれらがおこなったこと、おこなっていること、そしてこれからの計画をすべて公開、外からの助言や助力を頼むことです。それが早期の核反応や熱の発生の収束の糸口となると信じます。

それにしても、避難が遅すぎる。

事態改善の動き2011年03月20日 11時04分05秒

明るい朝焼け
ようやく物も人も動き始めて大きな流れやうねりになりつつあると感じさせられます。私も、とは考えても、ボランティア経験なきこと、仕事もあることなどからとても東北へはいけそうにありません。自分のことは自分でしなければなりませんし、これまでで最も困難な状況と言われることからしても足手まといになりかねません。側面と後方支援をと考えています。

それにしても、決死の消防などの注水でも「一定の効果」、に留まっている現状から、これまでにも増して私たちは監視を怠ってはなりません。そして、周囲の状況の注視、現実の直視から正しい判断とこれからの行動を考えなければなりません。幸い、モニタリング結果も出てきていますし、現状、発表を信用すれば、深刻な放射能汚染には至っていないようなのでこの間にできうる知見の収集と追求に時間を割くことができます。

モニタリングの数値をその距離と分布、時間変動から逆算すればある程度、発生源の原子炉でどれほどの放射線が飛び出ているかを推量できます。直接的な測定に優るものはありませんが、それは危険すぎてできませんから、とくに近辺での詳細な測定が望まれます。私にもできうる限りのまとめをしてみたいと考えています。