ジダンの釈明の理 ― 2006年07月13日 21時00分15秒
今朝NHK-BS1のフランス2でジダンの釈明インタビューを視たのですが、その内容は筋が通っていて、その道理と気持ちがよくわかるものでした。一般には、「暴力」を奮ったジダンに非がある、と受け取られがちですが、同時に映されたブラジルの放映ビデオをみると、イタリアの選手に問題があったことがよくわかります。
2度、3度と、それも後ろから(背後から)卑怯な形で言葉で辱められ(誹謗中傷)それが意図的だとしたら、それを一度は聞き流しても、それ以上は耐えられない、こらえきれない、という、『わたしも人間ですから』というジダンの気持ちは痛いほどよくわかるのです。わたしも時として、理由もなく酷い言葉や汚い仕打ちを受けたりすることがあります。ジダンほどの強さがないばかりに、いつも「我慢」を強いられているわけですが、時として、無性に突き上げてやりたい気持ちになります。最初から、衡平でも均等でも平等でもあり得ませんから、当然の気持ちです。
予想されたことながら、イタリアのマテラッツィはそんなことは言っていない、と否定しています。でも、因果はその巡り通りですから、原因を作ったのは明らかに、マテラッツィです。たとえ、頭突きは許されない行為だったとしても。
最近のコメント