残る赤い実 ― 2007年11月19日 21時19分45秒
山の裾の道すがら、見かけることの多いのはこの赤いきれいな実です。でも、このヒヨドリジョウゴをヒヨドリが食べているところもついばむところも見たことはありません。この実は毒だからです。だから、そこかしこでいつまでもたくさんの赤い実を実らせて残っているのでしょう。
おいしそうに見えたり、いかにも食べられそうに見えたりしても、毒をもった実をつけているのはいくつもあります。なぜそんな実はおいしそうに見えたり、見せたりしてあるのでしょうか。ちょっと考えるととても示唆的なのですが、食べられずに運ばれたり落とされたりするようにあるのかもしれないとも思えますが、この赤い実をみているとそれも間違いに思えます。
人間社会もまた、そういった側面がありますし、そういった警告を超えた役目や形があるわけです。同じ生物として考えるとき、そんな類似を異なった表層で造りだしている、そんな姿が見えてもきます。** CLICK で拡大します。**
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