冷え込んだ元日2007年01月01日 20時25分56秒

あけましておめでとうございます。

今朝はこの冬一番の冷え込みで、日の出前は零下1.5℃ほどでした。その上乾燥していてその寒さが肌にしみ入るようでしたが、そのため降霜はそれほどでもなく、地面の固さ(凍っていて)が際だっていました。

昼間は晴れて午後には10℃を超え、むしろ暖かささえ感じて、雪もなく、このまま移るのかな、と変な感じを抱いた元日でした。

壊れて気づく、なお続く2007年01月02日 21時22分34秒

道路建設現場の「休日」
取り返しのつかないことになってから、こんなはずではなかった、とか、そんなつもりではなかった、と嘆いたり後悔したり、さらには言い訳にしたりする、そんな愚かさが支配しています。壊れてから気づいても、もう遅いのはいうまでもありませんが、元に戻らないことを承知でなおどんどん進めてそれが仕事だ、とか、世の中だ、とうそぶき平然としている輩もまた多いのは恐ろしい事実です。

はじめからわかっていて、意図的に、あるいは恣意的に推し進める、そんな行為を我々が黙認してしまう今の社会の現状・現実をどうにかしないと本当に取り返しのつかない破壊と破滅に至るのは歴史からも学んだはずなのですが、まったくそれが理解されていません。日本史さえ、充分に学習しなかったようです。そうです、今の自民党政府とその追従者たちです。もっと悪いのは官僚たる国家公務員ですが(彼らは決して誤りを認めようとしないので極めて質が悪い)それを声高に批判したとしても止められないもどかしさ以上の怒りを感じます。

戦争に至った状況しかり(教育も含め)、労働者供給しかり、戦前での反省さえ、今また繰り返して意識的に忘れ去ろうとしているようです。理由をどうつけ、正当化しようとしても、そうすることが間違いなく破壊に至ることはする前から分かり切っているのです。なぜ、また、今、誤りを認めずに行うのでしょうか。写真はまさに破壊の現場です。自然を破壊し地球の環境そのものを歯止めの効かない破壊に導く行為をなぜ、誰も止めようとしないのでしょうか。

朝靄の中のキジ(やはりオスです)2007年01月03日 21時29分17秒

白く曇った田んぼの中のキジ
けさも意外に冷え込んで、2℃を下回っていました。低く、そこいら中、もやっていて、その上や上空が晴れていた冬の朝でした。その田んぼの中にひょっこり、キジが現れたではないですか。

場所によっては霜も降りていて薄白く、その上靄がかかってぼんやりとした風景で、色鮮やかなキジのオスはちょっとした驚きです。びっくりしたように、あわてて駆けだして、あっという間に離れてしまいました。こんな日の朝に何も見つからないと思うのですが。

雪もないせいか、こうして時折、冬にはいつもなら見かけない鳥が出現します。一方、雪あればこその鳥たちは飛来しません。雪に困る私たちにとっては生活上はこの上なく楽ですが、暖冬気味の季節の推移は少々気味が悪いのです。いえ、そんな呑気ではいられないのです。

淡い陽射しに光るカシラダカ2007年01月04日 21時34分20秒

光に包まれるカシラダカ(雌)
線路の土手下の道を歩いていると、賑やかめの「ちっ、ちっ、ちっ」の群れが移り出しました。ホオジロではありません。その腹の部分の白っぽさからカシラダカだとわかります。一斉に東に移動し光を浴びていました。

どちらもよく似た声、行動をしますが、今の枯れ草に紛れて見にくくなるホオジロと違い、とくに横から射す光を反射させているのはカシラダカです。各個体を見つけることができるのです。

冬の淡さをも、しかしながら、今の暖冬の動物たち、鳥たちは味方にしているようです。風を除ければほのかに暖かく、視線に入れれば餌を見つけやすい、そんな傾いた光は生き物たちにとって、意外な助けとなっているようです。

モズが枯れ木で2007年01月05日 21時25分24秒

背を見せるモズのメス
今の季節、木々は葉もなく、枯れ木同然で鳥たちの休息と食餌の場所と化しています。また、モズやなんかには高台として、獲物を狙う格好のとまり木でもあるのですが、私たちにとっては鳥たちをとらえる格好の時間を提供してくれるわけです。

珍しくもないモズですが、その動きの観察は興味深いものがあります。はやにえよりも、個々の行動と振る舞いにおもしろさを感じさせられます。山と木々、田畑と水辺、そういった組み合わせや重なり、段階的な推移といった環境が彼らに好ましい餌取りの場と休息を与えているのです。

きょうのはメスですが、オスも同数いるようです。年中見かけますが、食餌と「狩り」(餌取り)の様子は冬が一番観察しやすく、単独行動がほとんどのせいか、姿を見つけるのも容易です。でも、私はそのまま、その存在を尊重しています。一個体だからどうだとか、あるいは、人間ならば、一人だからああなんだとかいった身勝手な思いこみや決めつけはしません。それこそ、自然(の摂理)や社会そのものの否定につながることだからです。

やはり気象情報は外れ2007年01月06日 22時12分16秒

きょうもまた、気象情報による「天気予報」はみごとにはずれました。大変、喜ばしい限りです。実際、当たらないことでうれしくなるのはこれくらいでしょうか(宝くじなどは当たってほしい)。

一時的な雨はありましたが、午前中はくもり、午後は晴れ上がって快晴に近いくらの青空で、その後また15時くらいから曇りだしましたが、気温は10℃から夕方遅くでさえ、9℃ほど、変化のない中、暖かな感じさえさせられた一日でした。

気象情報はもとより、人が意図的にモデル化してそれに過去、現在などの観測値を入れ、固定した地域による変化を計算したものですから、本来的に信頼性はないと考えるべきでしょう。こうだったから、こうなるはずだ、とかこの割合で起こり得る、と思いこんで決めつけるところに本質的な無理があります。いくら細かくしてもその始まりにおいて問題があるのですから、考え直すべきです。

冬らしい風雨ちょっと雪2007年01月07日 21時11分22秒

気象情報や天気予報では大雪だ、暴風だとさんざん脅されていましたが、問題の降雪は朝早くで2cmほど、その後やときたらどんどん気温は上がってきて、6℃、もちろん雪は風とともに去りぬ、できれいさっぱり消えたのでした。

確かに、風は強く、波板やらが吹っ飛んでいきましたがなんとか回収し取りたてた被害もなく降雨さえ時折の小雨でもない、というほどのわずかなもので、彼らの気象予測というのはそんなもんだったのでしょうか。昨日の記事のとおり、当たらなければ嬉しい予報ですから、備えをさせることこそ、彼らの役割と心得るべし、といったところですね。

風の強さは変わらず、きょう一日、家からは出ずじまいで体がなまります。冬は例年、そんなものですが、いつもなら雪のせいで逆に外に出なければ生活できないのがふつうですから、ありがたいといえばそうです。太平洋側で降雪があった由、金沢でさえ、降雪はない今の季節、どうなんでしょうか。

やはり冬ではないのか2007年01月08日 21時05分18秒

今朝は曇り、晴れ間もありました。気温もそれほど低くはなくて風も止んでいて昨日は北からの台風か、とさえ思えた今日でした。その後、8時を過ぎてから雨が降り出し、これがどんどん強くなって、午後は風も出てきて寒さも感じましたが、それでも3℃、2℃ほどで冬のこのあたりの例年の状況とは違っています。

雨がこうやって続くのはむしろ春先などに多いので、本当の冬は素通りしたか、上空をかすめていっただけのような気がします。この時期に太平洋側で雪が積もったりするのはふつうではないでしょうし、低気圧の発達の仕方と寒気の流れ具合など、天気図上でも冬の典型とは異なっていると感じます。

テレビのニュースではどの局も判で押したようにニューヨークの暖冬(22℃だとか)を伝えていましたし、ヨーロッパでも雪が降らないという現実は単にエルニーニョ現象だけでは理由付けは難しいと思います。本当に、もう、待ったなし、を地球が我々に警告しようとしているかのようです。

台風一過2007年01月09日 21時24分21秒

過ぎたるは及ばざるがごとし、で台風以上かと思える冬の嵐は過ぎ去って、けさはわずかばかりの降雪とあちこち飛んだ板やなんかの切れ端、プラスチックの容器の散乱など、猫たちの迷惑な落とし物がごろごろしていました。

たぶんこの風のせいか、雪そのものは吹く風に溶かされ、後は降雪そのものが雨と化して降り続けたようです。結果、きょうは落ち着いた曇り空で、夕方は晴れてしまって、気温も夕方日が落ちた後も5℃を超えていました。

結局、天気予報は見事にはずれ、性懲りもなく「気象情報」では週間天気を変えて(修正したのかまた)発表していたのでした。実際にこの週間天気予報はあたったためしがありません。そんなことより、前に記事にしましたように、各地の観測地の実際と変動、その傾向などを明示してくれた方がよっぽど役に立つのです。

事故後の原子炉起動、発電再開2007年01月10日 21時20分54秒

朝日に輝く美浜発電所3号炉
本質的な問題の解決をしないまま、福井県美浜町の関西電力の原子力発電所は3号炉の運転再開のための起動を今日、行ったのです。NHKなどで流されていたように、とくに2004年の犠牲者の遺族たちはまだ認めてはいません。はじめから運転再開ありき、で始まった軌道上の通過点だったわけです。当事者以上に、経済産業省(資源エネルギー庁)と原子力安全・保安院の姿勢が疑問視されます。

現実の問題として、すでに高経年化(30年以上)した老朽化施設であり、それ自体が国内最大の惨事の元々の原因だったのにも関わらず、起きてからわかった(!)2次配管の薄さとそれが起きた構造上の原因を放置していたことを検査項目の漏れなどに帰して点検等の強化でさらに続けようとしているのは本末転倒です。

最も重要な原子炉自体、老朽化を食い止められない以上、想定した年数を経たらただちに停止し廃炉にすべきだったはずです。最初から稼働年数は耐用年数として問題なく使える限度だったはずですから、ただ他に建設が難しいからとか、電力需要や火力などの代わりだとかいった安易な言い訳を正当化するためだけに継続使用するのは本来的に危険きわまりないのです。事故は起こるべくして起きた、後からそれを教訓にして交換・点検などを行えばよい、では死んだ人たちは浮かばれません。

京大の小出裕章(熊取原子炉実験所)助手が述べていたように、はじめに国策ありき、国策民営でしゃにむに造り、継続しようとすること自体が無理があり、この愚策そのものを見直し、いえ、撤回しなければもっと重大で深刻な事故が必ず起こると危惧されるのです。