責任感など皆無です ― 2008年09月13日 21時14分46秒
山も木の実が出始めていて、実のなる木々には鳥たちが戻ってきていました。今日はメジロたちが群れを成して飛びついていて、あちこちの木々に移動します。大切な時期である以上に、欠くべからざる実りは継承と存続の要なのです。
でもそうでないのは人の世の常でなく、今の社会の散り散りの姿です。危うい状況、ひどく不安定で崩れそうなバランス(いえ、もうずれてます) 、かなわない願いはそのままに無理な姿勢を強いています。食の安全などどこかに置き忘れ、それぞれがてんで身勝手な所為に明け暮れ、嘘はばれなければ、罪は問われなければ何をやってもかまわない、そんな企業ばかりです。監督・指導すべき官公庁はこれまた自身の保身や体面のためにしか発言すらしません。政治家もまた、自分勝手な目的だけのためにしか動きません。大上段に構えた、大見得を切ってでも、『国家のため』だとか『社会の進歩に』などと言う人はもう政権党にはいません。
無責任、これは、『あなたとは違うんです』などと最後にのたまった福田氏の一方の代名詞なのに、何も変わらない、「違ってはいない」んです。 農林水産省の無責任無能ぶりは際だっていますが、その象徴たるや、大臣などは酷いものです。なんで、あんな人物に任せたのでしょうか。広く、大人たちこそ、その責任が問われます。子供社会のねじれや歪みや無理のかかった関係を造り出したのは誰でしょうか。社会が立ちゆかなくなるような、そんな「仕組み」を抑圧的に造ってきたのは、そして、それを維持存続させようという、社会の維持存続とはまったく逆になる構造を造っているのはだれでしょうか。過去に対する反省はもちろん、未来に対する責任感も皆無です。本当に、このままでは衰退ではすまなくなります。--- CLICK で拡大します ---

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