昨日の記憶:彼らの中の森 ― 2006年06月28日 21時22分01秒
今年もまた、モリアオガエルが卵をあちこちに産み付けていました。写真の場所はいずれもコンクリートの上なのです。ここはかつて(10年も経っていない)ため池があったところでそのころは木も生えていて草も生い茂っていたモリの入り口だったのです。でも今はコンクリートの水路とコンクリート製の「ため池」(防火用水みたい)に造り変えられたのです。
モリアオガエルたちがなお森の奥に引っ込んで久しくなります。それでも、この入り口だった「溜め池」の記憶が受け継がれているのでしょうか、まだ産卵をしにくるのです。5年ほど前は孵った10mmにも満たない黒いオタマジャクシが乾いた水路に落ちて死んでいるのを見つけたこともあります。なのにまだ、ここにやってくる、その心はどこにあるのでしょうか。
環境の改変、とりわけ水環境の破壊が急速に著しい形で進んでいます。単なる汚れや変化といった程度にとどまらないところが恐ろしく、そんな現実にもかかわらずなお彼らはその習性を習い性としているのか、この乾いた水辺にやってきます。その哀しさは人間の飽くなき欲望と開発・建設という名の破壊にあるのです。せめて、二次的・擬似的にでも元の環境を取り戻したいと思うのはわたし一人でしょうか。
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