暗示と顕示2011年06月20日 20時47分05秒

夕焼け
暗示の反意語は本来、明示なわけですが、その一歩進めたことばとして、顕示を使います。単に、明示するだけではことは進まない、その典型としての今国会の復興に関する法なのです。3ヶ月も経ってやっと「復興」に法的な基礎を与えた、というのです。遅いですよ。せめて、1ヶ月以内にできなかったのか、と。早急に進めるべき、との多くの声のあるときにあからさまにはっきりと大声で叫ぶほどに示すべきだったのです。さすればすべては後からついてきたはずです。とにかく、もたもた感は拭えません。

夕暮れの海岸線の上、紅色の夕焼けはなにやら暗示的です。どこか、終末感さえ漂うその光り方を見ているとこれからのこの国の行く末を案じられます。地盤沈下くらいではすまない、沈みゆく風景に似た社会の岐路に立つわたしたちにとり、このままの指導者層でいいのか、今一度考えてみることです。今頃復興法案などでとやかくいっている人たちのなおさらの政争と「足の引っ張り合い」(昨日のTBSのインタビューに答えていた女性のことば)を見るにつけ、どうなるのだろうか、と深刻に考え込んでしまいます。

リーダーの不在、意思決定の曖昧さ、後手後手の対策など、とてもいらいらします。政府や官僚抜きに復興と新生をリードする機関をすぐに作って独立させて進めていたらこんなに遅れたりばらばらになったりひどい状況のまま放置されたりしなかった、と思うのは私だけではないと思うのです。顕示するほどの強さや強引さ、そして明確な道筋を大きく示す行動こそ、今からでもなされなければどうにもなりません。本当に、心配でなりません。