展望のトレイル2013年02月03日 15時16分26秒

達磨山山頂
少し久しぶりに山にいきました。360℃のパノラマで有名な達磨山です。レストハウスから入って、金冠山、戸田峠を経て山頂へ。1000mに満たないのですが、結構登りもあり、よく、というよりあまに整備されすぎたハイキングコースですが、意外に疲れます。安全ですが、昨日の降雨でぬかるんでいてすべりやすく、また先日来の雪も残る箇所もあり、で歩き甲斐のあるコースです。トレイルランの若者にも一人、会いましたし、山頂記念写真も撮ってもらい、下りるまではご機嫌な山歩きでした。<p>
金曜まで、いえ、土曜までは疲れ切って、きのうは7時過ぎまで眠ってしまい、途中また眠る、でお昼をとうにすぎてからの活動でした。きょうは浅い眠りのまま歩いたわけですが、楽勝コースのせいか、気分的に楽で、週に一度はこのような機会はなければ死んでしまう、と実感させられました。午前中で早くも陰りはじめて、ちょうどよい時間帯に最良の一日をあてられたのは幸いでした。今日を逃すともうなかなかこんな天候と展望を望むのは難しかったでしょう。富士山と南アルプスの連なりをいつまで見ても飽きさせない、そんな良い山の典型と納得したところです。</p>
さらにもっと人生の良き日を迎えられたら、と行き交う人たちを見てつくづく思ったものです。美しさと豊かさをこの身に与えたい。

ふつうのこと、自然なこと2013年02月09日 11時23分07秒

タイワンリス
しばしば、猫などが道路上に飛び出して、クラクションを鳴らしながら近づく自動車や大声や悲鳴に対し、驚いたような顔つきをしたりして真ん中で「固まってしまう」光景を目にすることがあります。そういった警告や警鐘に即応しないのは極めて自然でふつうの状態である、とはまたよく人口に膾炙した話としても知られています。そう、これは同じく私たちにとっても起こりうることで、どれほど大声であるいは何度も叫んだり呼びかけたりしてもやはり動けなくなる、といった状態を体験するのもよく理解されるところなのです。<p>
『自由とは必然性の洞察である。』とは哲学者、ヘーゲルのことばですが、まさにそのとおりでわたしたちにとって本来、その「自由意志」によって何を必然的な合理的事象とみなすかはその過程を含めた(深い)洞察によって決まることです。その自己決定に至る経路に時間的な長短があるとしたらそれはその過程や環境の自然さに依存する、といえるでしょう。もし恣意的な何かがそこに意図的に入り込むとしたらそれはゆがむどころかそこで何も無くなってしまうという現実を私たちは経験することになります。</p>
生きていくうえで、我々ヒトだけでなく、かの動物たちもまた、その一見したところ行当りばったりの偶然の行動に見えても、そうでない方向に向かうのは必然であり、その自然な意思の発現であった、と後に知ることになります。これは例外なく、いわば、「ふつうの」結果であり、論理的にその時間的な経路における文脈を考えたとき、苦もなくまた無理もなく認識され、その認知過程はそのまま受容されうると私たちは受け止めることになるのです。そこに何ら不自然さはありません。

発着の帰結2013年02月10日 20時15分59秒

藤枝駅プラットホーム
迷いに迷っていた球技大会に結局、昨夜遅くに参加を決めて目覚ましアラームを合わせ、鳴る前に起きました。暗い中、出立、発駅の始発に充分間に合い、普通列車を乗り継いで到着、バスは1時間半後だったので徒歩で会場に。それでもすでに多くの参加者参集。ほとんど見知らぬ人たちで40分後にある人を見つけ合流、試合の方は大差で負け。ちょっと出場、ボールには触らずじまいでしたが。課題は私同様、補欠要員のお三方(特にお二方)が入らずじまいだったことで、これはよくないことだと終わりまで気がかりで仕方ありませんでした。機会はやはり少ないひとに。<p>
また一人、電車で帰路に。この駅、プラットホームにも駅構内にもゴミ箱がありません。ごみは持ち帰り、との表示もなく、それでいいとは思えません。その処理コストの負担をおそらくは考えてのことかもしれません。でもねえ.........。静岡駅のプラットホームもゴミ箱は遠く、ひとつだけらしい(駅員に聞いた話)。公共の施設はすべての人々のためのものですから、その利便性とさまざまなコスト負担やそのための人員は公費で賄うのは当然かと。社会的な負担や仕事をすべての人たちが支えて行くのは共生の中心的な形態だと信じます。</p>
車を止めた駅に帰り着き、満たされないままに南に向かいました。その国道は渋滞でガソリンは減りっぱなし。一本しかないこの道路、何とか緩和の方策を考えて欲しいものです。ただ、晴れてよかった。

クレマチスの丘2013年02月11日 19時10分06秒

IZU PHOTO MUSEUM
宮崎学氏の動物写真展に出向いてきました。初めての土地、変な細い田んぼ道を通り、ぐるっと回ること9分、看板のある交差点に出て走らせ、着いたのは午後3時前。こぎれいな緩やかな山の上、どこか場違いな感じながらも目的の写真を見たのでした。工夫して撮影されていて、どれも見事な写真でした。フクロウの写真などは簡単には撮れません。また、けもの道の赤外線シャッターによる小動物や熊の写真は目を引きつけます。私も、テンを数度見かけたのですが、交通事故に遭った写真しかありません(以前、このブログで紹介)。<p>
今日も晴れていて、そんな中にひとりいるのは不自然ささえ感じさせられます。もっと早くにこちらに来ていれば、と今更ながら振り返ること何度目でしょうか。冬でも降雪もなく、晴れている、そんな環境でのびのびと過ごせたらどんなに幸せだったか。いつも遠い春を見つめているような、そんな哀しい生活の続く時間に無為を知るのです。</p>
静止した動物たちの姿、その命の一瞬に駆けた輝きにわたしたちは明日を思い、彼らの歩みに昨日を思いやるのです。無心に生きる時間のおそらくは彼らにとり一定でも一様でもないはずの無意識の流れの中に私たち自身の生きる道の一通りではない、ただ一度の人生の一瞬一瞬を切り取ったその本来共有しているに違いない時空の不如意さを発見するのです。生と死、それらを並べたとき、宮崎学氏は不可分ではない時間と営為を教えてくれているのです。

わたしたちの存在2013年02月16日 20時06分12秒

(男女)共同参画
図のキャッチフレーズをご存じでしょうか。内閣府の昨年の男女共同参画週間のポスターです。これはそのまま継続的な標語として充分すぎるほどの意味を持っているといえます。何より、その、『あなたがいる わたしがいる 未来がある』は生物としてのヒトの語り継いでいく、種の存続そのものを意味します。それはより確かな、ポジティブな人々の建設的で生産的な活動を促進することばに他なりません。その反対をいえば、その継続を企図する者たちにわたしたちは退場を命ずることでもあるのです。<p>
きょうもまた、午後、必要なことどもの手続き的な行いのために出かけました。あちこちを巡るのは疲れます。ただ、その方向や訪問になんら制限も障害もあってはなりません。わたしだけでなく、正常でまっとうな人たちならば誰でも、その道を妨げられてはならないのです。あたりまえの、当然の人としての権利、基本的人権は侵害されることなど、あってはならないのです。だからこそ、その行為者はその罪故に罰をこの日本社会の存立の名において受けなければなりません。それを拒むのなら、もはや少なくとも日本人ではありえないでしょう。</p>
そして、これはまた、わたし自身にも保証されています。わたしがどこに何をしに行こうと、どんな人に会おうと、何を話そうと、それは悪意ある他者には無関係であり、なんの関わりもありません。善意ある心遣いや親切をその行為として結果として受け取ることにわたしはもちろん拒むことはないでしょう。ただ、現在何も特にありません。どこかで、誰かの優しいことばや振る舞いに触れて小さな幸福を得ることをただ虚心から願います。そして、『未来ある』共有を得ることにこれからも期待して生きていきたいと強く思っています。

東南の突端の賑わい2013年02月17日 17時50分46秒

ニオイスミレ
ひとつきぶりの探鳥会は半島の先っぽ、初めての場所でした。曲がりくねった道路の先には吹き抜ける冷たい風とウミウの姿が待ち受けていました。ここのところの寒さのせいか、お目当ての鳥たちは姿を見せず、シロハラさえ声だけで藪の中。それでもアオジたちは冬枯れの草地に人をも恐れずしきりに何かをついばんでおりました。3羽でした。普段、草藪などで移動し、時折出るという行動で知られますが、こういった食餌風景はこれもまた、はじめてのことでした。

早朝は快晴でしたが肝心の時は曇り空、冷たい中も物珍しくこの土地の特有の海浜の植物にしばしば目を奪われるわたしをみつけたのでした。鳥の数も種類もとても少なく、代わりの暖地性植物は有毒だというのも含めて目を惹くものがあります。先達の説明に耳を欹てながらそれぞれの姿を目に納め、一部写真にし、かなりの割合、人工的な植栽とされる灯台近くの水仙群落を眺めたのでした。

人を恐れないのはまた、海岸の足下まで寄っていて逃げなかったツグミとジョウビタキの雌で、2羽で追っかけごっこをしながら行き来する寒空のほのかなぬくもりを与えてくれるものかと思い込んでもみます。ホオジロもふつうならそんなに姿を人目に近くでさらすことは避けるのが習性のひとつと理解していますが、どうもこの突先での鳥類は人に警戒心はあまり無いように見受けられます。一因としては、気温の低さ、せり上がる風向、音のさざめき、遅いとはいいながらも雪の山より遙かにある餌など、この環境の特性だといえるようです。多く行き交う人の姿やそのおとなしさもまた、別の要因かもしれません。

唾吐きすと「ルール」2013年02月23日 17時13分44秒

気づいた梅花
今日の午後は天井のネズミ(?)は大暴れでした。なんでそんなに、と思うくらい走り回り驚かすのでした。いつもねずみ色、いえ、灰色の衣を身に纏いどこかその現実に貶められている、そんな外れた道に歩みを進めたようで、恐ろしくもあり、また、哀しくもある、そんな階下の寒気など意に介していない様子も更に恐怖を植え付けようとしていたかのようにさえ思われるのです。

天に唾吐きす、とは『四十二章経』にある文かららしいのですが、実際に使用されるのは、たとえば、このブログなどにありますとおりで、貶める行為、陥れる行為などはまさにこの意味で使われるところなのです。ですから、必ずしも上に向かって唾す、という実際の行いによりません。そして、それはまた、他者に向かって自分自身の振る舞いを正当化するため、あるいは思い込みや決めつけを押しつけるために為される一方的な取り決めにも言えることです。

ある生徒が、先生の言に対し、『自分のルールで決めないでよ』と言い放ったのを聞いてやはりこのことを理解していない先生はまた、自身にいずれ返ってくるその言動に責任を負うことを自覚していないのだ、とも思ったものです。どうであれ、自分は天の神様だ、とはき違えたような振る舞いや発言に対し、対峙し、論理と道理を説くことこそ私たちの役割であり、責任なのだ、と知ることですよね。

現存する反射炉2013年02月24日 20時08分33秒

韮山反射炉
日本の近代化の必然的過程の始めに各地で建設された溶鉱炉の嚆矢として今も残る実用炉。きょうは午後は空いたので出かけました。ただそれだけの塔の煉瓦です。それはしかし、いわゆる攘夷運動や対外防備のひとつとして大砲などの製造に使われたわけです。その意気込みや構えは今の対中国の比ではなかったはずです。当時を偲ばせる姿でした。明日の日本を通し見るとき、そのやむにやまれなかった時の人たちの気概はどれほどだったでしょうか。

こども連れで何家族か来ていましたが、こどもたちに幕末の人々の思いや真剣さは理解されるのか、もっと実際的な物語や前後する行動、言論などがここに同時に展開されると近代化の遺産のひとつとして、こどもたちだけでなく、大人たちにもよい刺激と見直しにつながると思うのです。その意味でも、上から目線のことばですが、啓蒙、という方法は充分な価値を持つはずです。

岐路にさしかかっている我々の国。米国の壁に適当な「判断」で断り書きを残しても首相は何も見えていません。同じく萩の反射炉を築いて対英の勝ち目のない戦争に挑んだ祖先に彼は何も学んでいません。『行ってくるぞと勇ましく...』のことばはそのまま彼に当てはまるようです。毅然として、EUに対するイギリスのごとく、米国や追従者たちに屹立した姿を我々に見せる気概を発揮して欲しかった、そんな思いさえ、快晴の空の下、厳然として堂々とした反射炉の2塔を見ながら抱いた午後でした。