断ち切られた明日2009年02月25日 19時57分25秒

無惨な木
先日の「電気工事」のために無意味に伐採された木々の残骸や枝、切り株が峠付近の景観を文字通り切り裂き、春の緑を奪っています。鳥たちもこなくなり、まだ冷たい風もさわる枝なく吹きすさびます。実際、山の中に立てた電柱とそれらをつなぐ電線のためにどうしてこういった残忍な行為ができたのでしょうか。ただ、無線中継所ひとつのためです。それも、他では電線に掛かっている場所さえ多いのに、なぜこの峠でだけ伐採したのでしょうか。いまだに、理解できませんし、許せません。

すべての命を思いのままにできるのは人間でしょうか。生殺与奪の権利が誰にあるのでしょうか。ただ、自らの目的のために、何でもすればいい、何でもできるのだ、といった、思い上がりを超えた信じられない暴力です。そういった連中はまた、他者の人権や命さえ、ないがしろにします。平気なのです。本当に空恐ろしくなります。本来、そういった行為に走らないよう、回避する義務があるはずです。明日は誰のものでもないのです。周りの緑があって、中心の独立した木をばっさりとこともなげに切り何も感じない、そんな人でなしが横行しています。

生きる権利、活動する権利、そしてその自由。当たり前の、生まれ持っているはずのそんな生得的な「権利」を踏みにじる「権利」は誰にもありません。ましてや、誰かただ一人を迫害してその生きる権利を奪うことなど、決して許されません。誰かがそうしたなら、そうするなら、他の者たちはそれを止めなければなりません。奪われてよいのは暴力とそれによる恐怖です。いっしょになってする、言うなど論外です。

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