心身の恢復 ― 2012年09月04日 01時41分33秒
確かな事実と主張を~対・中国 ― 2012年09月17日 07時56分42秒
私たち日本人と日本国は他のアジア諸国と連携し、いえ、連帯して強大な欲望の国、中国に立ち向かう必要を感じさせます。その範を示す意味でも、歴史的な事実と経緯、暴力や数と声にものをいわせた一方的な行為に対する非難と戒めを今開かれている国連総会などの場ではっきりと明確に、そして何度もことばを換え、方法をいくつも選んで他の国々に理解を求めることです。聞く耳をもたない、単なる暴力組織に堕した隣国・中国に冷静な声は届かないからです。
本当の対話ができるようになるまで、中国は相手にしてはなりません。ただいうべきはその横暴な行為とありもしない「正当化」の主張の停止だけです。繰り返しになりますが、国際社会に対する事実と道理に基づいた確かな主張のみが私たちの立脚点であるべきだということです。日本政府だけでなく、一般の国民もそれを認識し、機会あるごとに人々に伝えることこそ、私たち日本人の、憲法で謳われた正義と理想の実現に近づく道だと信じます。なお、写真のトリカブトは、決して、毒をもって制する、という意味ではありません、念のため。非合理の恐ろしさ ― 2012年09月22日 20時30分47秒
心の準備や行動の用意のないときに、また、いつ何時か知り得ない、そしておそらくはあることがまず考えられないそのときに現れる何か、に対する深層に迫ります。遅い時間にしかも曇っていて見通しのしにくい場所では「熊」はしばしばでてくる、と言われています。そのときに備えるのは警戒心以外にないでしょう。まさに、非合理です。そしてそれは必ず、一方的で威圧的でしょう。あり得ないと感じさせる大きさをもって迫ってくるからですね。
また、その方向に合理的な理由も明白な(自明な)ことばもない一方的な命令に似た看板は混乱と理解しがたい非人間的な意図を感じさせます。この両者から私たちは、たとえばその非日常的な非論理性で突然の安眠妨害や私生活や行動に全くその存在を排するときの非人間的な動きや行為に対して生理的な抵抗を抱くのです。そうでない、という人がまさにそれらを行うのです。これはとても恐ろしいことです。集団による絶対少数への様々な暴力とおなじです。圧倒的なしかも抵抗手段や非対等な「声」もまたそうです。私たちはその意味で、誰かをそのように恐怖や否定の中においてはならないのです。誇りあればこそ ― 2012年09月23日 19時36分39秒
このあいだの経済関係者の記者会見はまったくその正反対の立場を示すもので、ひどく失望しています。一言で言えば、お金のため、としかいえないような発言で、経済的な結びつきと今までの現地生産・対外販売の視点からの政治批判のような情けないものでした。確かに、市場としても生産拠点としても、地球規模の経済においてその競争の中で不可欠と思い込んでも無理はありません。しかし、極論すれば、中国がたとえなくなろうとも、その大量の資源を我々が利用できずとも擦り寄ったりうまくやろうとばかりするのはやめるべきです。何より大切なことを彼らはその遠い記憶からも消そうとしていることに危惧を抱かざるをえません。
我々は何より、日本人としての誇りを保たなければなりません。私自身は国粋主義者とは対極にあるのですが、、この国、このアジアで最も先進的な民主主義社会を最初に築いたこの地で、その尊厳を傷つけられたことにたとえ静かであっても、深く大きな怒りを抱かねばならないのです。我々の誇りをないがしろにするような態度や姿勢、行動をしてはなりません。いつまでも、黙っていてはなりません。日本人一人一人がその誇りを呼び起こし、愚かしい蛮行を繰り返す本当の斜陽の国に対峙するときです。三国山から大洞山 ― 2012年09月29日 18時34分41秒
私は今日は明神峠から三国山に登る予定でしたが、明神峠では駐車場を見いだせず、道路脇に2台ほどのスペースがあったのですが1台駐車されていてやめて、急遽、三国峠となりました。のっけから、登山口には「熊出没注意」とか、「8月31日に目撃」などとかいてあり曇りがちで霧のかかった山上に恐れを抱きながらの山歩きでした。幸い、出会ったのは雌のおとなのシカ1頭のみ、他にはシカ数匹の足音で、しっかりした道以外に何も気がかりなものはありませんでした。途中、出会ったのは大洞山付近での男性1人、女性(年配)2人で戻った三国山での3人、下りでの2人の他はいませんでした。
また歩きたい、と思えた心地よい半日でした。命の洗濯に少しはなったかも。





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