めっきり減った生き物 ― 2010年06月06日 20時41分33秒
相変わらずイノシシはその足跡を残し、キジの鳴き声も草むらや藪から聞こえます。スズメもカラスももちろん、います。ヒヨドリも頻繁に見かけ、ムクドリもやはりいますし、ウグイスも鳴き、エナガもシジュウカラもヤマガラも山裾に出てきます。ホオジロも朝からさえずり、カワラヒワも飛んでいます。トンビは悠然と空を舞い、シロハラも藪から藪へと飛び移ります。でも...。
どこか、いえ、慄然とするくらいに静かです。今まではもっと、賑やかでした。あちこちからいろんな鳴き声が聞こえ、目の前をすばしっこく走る小動物がいて、サギ類の舞う姿や田んぼでのついばみ、シギ類の水平飛行もしばしば目撃されました。カエルの鳴く音ももっと賑やかだったのです。でも、とにかく少ないのです。種類も数も、ここ数年で一番の減少となっていると実感させられます。どこか、社会の危機的状況と酷似しています。それもこれも、人々の意識とポジティブさの低下に符号するのです。夏の香り ― 2010年06月11日 22時56分12秒
山からの臭いは栗などのカシ類、道ばたからは卯の花(卯木)、ノイバラ、家々のバラ、他によくわからない花々の香りに包まれます。ことに朝は心地よく、歌の通り、「...夏は来ぬ...」となりにけり、のこの頃です。きな臭さや生臭さを感じさせる政治の世界は情けなく、首をすげ替えただけの早くも低落傾向の民主党とは相容れない風情かもしれません。
変わる世界こそ、の時間の経過と人身の荒廃は生命のはかなさとは違うのです。それは間違いなく継承といのちの謳歌となるのです。一瞬、一瞬のかけがえのない時間を生きる私たちに待ち時間はありません。明日を創る ― 2010年06月26日 20時09分25秒
私たちは批判精神によって生きています。もし批判的でなくなるとしたら、今から退化し、後退し、衰退することは必然です。批判的な視点、批判的な思考、批判的な表現と主張こそ明日への前進となり、進歩と発展のもととなるのです。
どちらにも相通じるのは自由であることです。未定の未来、それを自由に創ることと同義なわけです。過去を閉じ込めたかのようなお寺の中にも明日があります。それはその中で座禅をし、瞑想に深く沈み込むときに見えてくるものと同じなのです。雨に濡れても ― 2010年06月27日 21時03分32秒
The Raindrops are fallin' on my head, .......
映画の主題歌ではないのですが、今朝は歩き始めて途中から降雨となり、目的の折り返し点に着く頃には本降りとなってしまい、ずぶ濡れでした。お地蔵さんの御堂で雨宿りをすること40分、ようやく小雨となり、帰途についたのですが、それでも何もない、誰もいない崖の縁のお地蔵さんは静かでとても居心地のよい場所です。これからを思い巡らす気持ちにさせられます。
昼間は晴れ間もあり、蒸し暑く、30℃を超えました。相対湿度も75%を超え、不快そのものでしたが、午後3時過ぎからの雨は心地よい気持ちを与えてくれました。ただ歩く、それでも命をもって今を生きている、そんな思いは変わらずにあります。生きづらい、息苦しい今の世の中ですが、私たちには今しかありません。
キイトトンボは4匹を確認しました。水辺ではなく峠近くの開けた場所です。いつもここに必ずいます。この先、峠を下って南南東に入った休耕田の水辺で生まれたものです。多く、周辺に上ってくるのです。きっと、彼らも明日を夢見ているのです。きっと、叶う夢をもって。




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