荒んだ卑屈さ、中川元財務相より恥ずかしい2009年02月18日 18時09分30秒

アマサギ(冬羽)
戦後の一時期の荒んだ時代よりも遙かに現在は荒んだ心が蔓延しているのではないか、と思う場面や事例がとても多いのです。そしていつも悲しく、恥ずかしく感じます。どうしてそんなことを言うのか、どうしてそんな態度をとれるのか、どうしてもっと毅然と、強い姿勢を保てないのか………。とりわけそう感じるのは、弱い人、絶対少数の何の力もない人に対して、背後から、あるいは周囲から、遠回しに聞こえよがしにひどいことばを投げつける場合です。

弱者や困っている人を助けるのが、守るのが、救うのが当然の行為だと信じます。どんなにそうして攻撃したり圧迫したり脅迫したりする者たちが強くとも、大きくとも、多くとも、いえ、そうならなおさら、連帯して対峙し、犯罪行為なら(脅迫は明白な犯罪)警察や検察に告発すべきです。怖い、だとか、かなわない、だとかいって逃げたり、ましてやいっしょになったり手先や犬に成り下がったりして小さな人、一番弱い人を排撃する、将来を奪う、踏みにじる、人権や人格を否定する、そんな言動や行動は絶対に許されません。世界に恥を晒した中川昭一元財務大臣よりはるかに恥ずべきなのです。

情けは人のためならず、といいます。いつか、その当たり前の行為やことばがどこかでそうした、してあげた人間自身に返ってきます。時として、助けてあげた人自身に困ったときに手をさしのべてもらうこともままあることです。道理や摂理、人間としてあたりまえの行為、人の道に背かない心、そういった意識や心の持ちようがねじれ、ひずみ、まがっている、そんな時代だからこそ、三省して顧みて、二度とひどいことはしない、傷つける、怖がらせる、奪うようなことは言わない、そういった気持ちや意志を常に持てるように自分自身を変えていってもらいたいと切に願います。今の世の中だからこそ、よけいにそう思うのです。