時を同じゅうせず2008年09月16日 22時05分56秒

イタドリの花と結実
道ばたのイタドリはほぼ同時に花を咲かせて同じように時に飲み込まれてしぼんでいきます。それで残された子孫はまた同じように一斉に春になると伸び始め、初夏には青々として背丈も高くなり、真夏には濃緑色に一面を覆います。でも、この秋に入ってからのその姿は特に、山の中では異なるのです。写真のように、数メートルしか離れていない場所のふたつのイタドリは、一方では花をいっぱいに咲かせ、もう一方は実をつけ種を孕みます。

違いを生む環境の差といえばそれも当たっているでしょう。でもそれはもちろん、前述のように実際にはありません。生育の日時の遅早でしょうか。それにしては距離が近すぎます。でもはっきりと違うのはそれらを見る私の目なのです。つまり、それらを見いだすのは彼ら自身ではなく、その二つを見つける私であり、その場にうかがう私の歩みなのです。だから、私はそれらを比較し、本来、一斉開花を自然とはみないこともその事実により自然と見いだすのです。

同じ環境のはず、同じ出発点のはず、それでも違いは出てきます。遺伝的にほとんど変わらなくとも本質的な違いが生じます。本当に異なるのは何でしょうか。ヒトは生物としてそれを見いだしたり発生的にそうなったりしたのではありません。私たちがそれと異なるのはそれを知ることにあります。おわかりでしょうか。知覚する、そして認知する、そこに決定的な違いがあります。その、一見バラバラな人間社会においてもまた、同じなのです。そして、一様に見える時は実は、同じではないのです。

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