ツユクサいっぱい ― 2007年08月12日 22時04分15秒
長く、この季節ながら、数ヶ月に渡って咲く露草は珍しくもなく、と言わずに見つめる価値があります。なにより、その開花期間、刈られなければいつまでも交代交代で咲き続けるその伝達性、鮮やかな色合い、どれも充分な意味を示せるのです。
よく開けた場所では多く、同じ方向を向いていて不思議に思うことがある一方で、田んぼの隅や溝などではあちこちてんでバラバラで何を考えて花を開くのか、とまた不思議に思うのも事実です。共通するのは、誰もが知っているように、お昼前には閉じてしまってどこに花があるのかわからなくなるところでしょう。
この夏、露などみられません。乾ききっていて、息苦しくさえある上にこの暑さ、どうして、と思わずには居られません。水田ならではの水辺こそ、この草の息のつける場所なのです。もっと、そんな場所、環境を身近に増やしたいと思うのです。コメント
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