ヒルザキツキミソウ ― 2007年06月13日 22時06分59秒

きっと、ツキミソウを昼間に見たい、という欲求から品種改良されてできたのでしょうけど、野生化しているのもあり、これもその一段階とおぼしき存在です。もうすでに人手を介さない、自生的な生長をしているはずですから、広がりこそすれ、絶えることも、レッドデータブックに載ることもないでしょう。
オカトラノオの群落が別の離れた場所で見つかりました。昨日の背の高いほかの草本で見えなかったのですが、数十以上の花穂が見て取れます。地下茎で広がるとか(よく知りません)、ならば却って、この種は増えやすいのかもしれません。梅雨入り初日 ― 2007年06月14日 21時57分41秒
でも降雨量はそれほどでもなく、朝のうちは南風で曇り、ぱらつく程度で濡れもせず、といったところ、次第に雨とわかる降雨、午後ははっきりとした雨ではあったのですが、長続きせず、たいした雨とはなっていません。湿気もそれほどなく、洗濯物が南風であらかた乾いてしまったほどです。
南米沖ではラ・ニーニャ現象発生とか、そのせいで梅雨自体は長くなくて終わりそうとの話、私の予想はもっと強く、空梅雨となりそうな気候です。一応張っている梅雨前線が上がったとき、どれほどの総雨量となっているでしょうか。ナンテンの花 ― 2007年06月15日 20時51分38秒

難を転じて、菌を防いで、おまけに愛を深める、なんていいことばかりなのでしょうか。鬼門とされる方向に植えられたり、便所のそばに植えられたり、とその役目は幅広く、私たちを守ってくれているようです。うちの庭と便所のそばにあります。
きょうは、朝は小雨で、そのあとは北よりの風が強めに吹いて、昨日と同様、湿気も少なく、洗濯物も乾いています。ほとんど曇り空でしたが、とても、梅雨とは思えません。明日から、当分、雨とはならないとのこと、これからどうなるのでしょうか。アカスジカメムシの発生 ― 2007年06月16日 20時24分15秒

この花、ほかにも多くの虫たち、蝶たちを引き寄せているようですが、セリ科らしい以外、よくわかりません。とくに、花序の周囲や中を突き出るように葉が伸びているところがちょっと違っているのです。
コアオハナムグリはじっとしていましたし、ベニシジミは飛び移って暖まっていました。カゲロウのような虫もたかり、別の種類のカメムシも付いていました。人工的な場所で、作られた農道と付けられた排水路の直ぐ上で、不健康な環境です。カメムシにとっての絶好の繁殖場所に思えてなりません。モリアオガエルの卵 ― 2007年06月17日 21時52分27秒

ずっと以前に記事にしたように、それが孵っても、落ちたオタマジャクシたち(黒っぽい小さな、全長10mmほどもない)が生きていけるのか、ひどく不安になる場所で、実際、水がかれたところではそれらの死骸が散乱していました。悲しい話です。
あまりに、人間本意の造作が目立ちます。もっと、元あった姿形、いえ、環境を少しでも、残すような作りをしておいてほしいと願いますが、小動物やその連鎖・連関などは頭にないような連中ばかりが幅をきかします。ほんとうに、悲しい、あまりに彼ら自身、哀れな、性質です。直らないのでしょうか。駅の西のユキノシタ ― 2007年06月18日 21時31分17秒

たくさんのこの花がいっぱいに咲いているのはなかなかのものでした。この花、よく見ると、ここだけかもしれませんが、下の花弁の長さがどれも違っています。向かって右が短く、左が長いのが支配的でした。一つ一つ、その美しさはよく見るとその配色とデザインにあるのがわかります。
道沿いにまさに溝隠しのようにミゾカクシが咲いていて、これもまた、この駅のホームの裏、西下には畑のようにいっぱいに咲いていたのです。小さいながら、その群生は最近では珍しく、ユキノシタが余計に際だってきれいに見えたのもそれかもしれません。もともと、手の入らないのがいいのですね、きっと。直立するムラサキツメクサ ― 2007年06月19日 21時33分01秒

どこにでも生えていて、崖など切り立った場所でも見かけることさえあります。この写真は耕地整理で人工造成された田んぼの畦の壁に生えているものですが、突き出るのではなく、空に向かって直立しています。どうして、こうも外来種は強いのでしょうか。
屹立した姿は一種の憧れともなります。その明確さ、凛々しさ、力強さはそれを欲する時、象徴的に受容したくなります。もっと、そのままに、社会的な暴力や抑圧的な、反動的な力に対して、対峙して立たねばならぬ、そんな気持ちを抱かせてくれます。東京・シエスパの爆発 ― 2007年06月20日 22時22分56秒
もともと、大気中への放散・排出を前提としてガス分離器から出すように作られていたことからも、そもそもガス検知器は設計段階でも不要とされていたと考えられます。常に、地下だとしても、ガス分離器からは上に放出されるはずの、主としてメタンが、室内に部分的にある分圧で存在していたとしてもその濃度をもって検知とするのは無意味な気がします。それよりも、圧力を感知してかあるいは異常に高めない工夫や造りをしていたなら、これほどの(半径50~100mらしい)規模の爆発を起こすまでには至らなかったかもしれません。電気的な検知器やそれに類した検出方法ではかえって、その作動による電気火花の瞬間的な発生が爆発反応を引き起こす可能性があったかもしれません。
南関東ガス田とかいうほどに、大量のメタン主体の天然ガスが埋まっている地域での安易な温泉掘削にこそ、この必然的な、あるいはいつか必ず起こりうる事故の、避けられない引き金が存在しているのではないでしょうか。狭隘な場所での集中的な掘削と、そこに集中する上への圧力は単純なガス分離器だけではあまりに不十分だったのです。埋蔵量を考えたならそういった点発生的なガスの噴出を招く温泉掘削は避けるべきです。化学物質では、単なる接触や混合でも爆発的な反応進行が起こる系があります。そういった物質の組み合わせはいくつも知られていますし、今回のような、気体の混合比のある値において急速に不安定になり、ちょっとした刺激などで爆発するのは、たとえ火花などがなくとも起こりうる珍しくないことなのです。よく知られているのは、水素と酸素の混合ですし、メタンでは5%~15%でそれが起こり、9%付近でもっとも激しくなる、といわれています。 今回の爆発の引き金のもう一つの、より確からしい可能性です。
シエスパ爆発事故・その2 ― 2007年06月22日 21時37分52秒
もうひとつ、誰もが思うのは、またもや、下請け、に丸投げの実態です。そうして、上前をはねてやっていく大手の管理会社の姿勢と態度はうんざりです。これでプールでの吸い込み死亡事故が起こっていますし、この手の下請け孫請け丸投げの形態はあちこちでみられます。共通するのは、そのために肝心の安全管理や監視がおろそかになるばかりかまるでその仕事がなっていない形になり、何も知らない者さえが直接の従事者になるという恐怖の実態が浮かび上がります。
過去の教訓が生かされないばかりか、責任回避と責任転嫁の言動ばかりが目立ちます。今回の会社にしても、計画・設計・運営の段階での当たり前の検討と認識が欠落していたこと、各段階と実際の業務を通じての確認と再検討、レビューをおろそかにしていたことが命を奪う事故につながったことを再認識すべきです。顧客の命を預かる形になるこの業務を商売の観点でしか見ていなかったのでしょう。取り返しがつきません。じっとクロコガネ ― 2007年06月23日 21時57分34秒

このコガネムシ、留まり方が―チョウセンカワラマツバは上に向かってそのままの形で生えています―茎にしがみつくそのままなのです。それほど寒くはない、というより暖かくさえあるかもしれない夏至の翌日、動かないのは奇妙な気がします。これも一つの習性でしょうか。
近くにはもちろん、山もあり、周辺には木々も高く、なぜ県道脇の草、それもチョウセンカワラマツバなどにしがみつく羽目に至ったのか、よくわかりません。すぐ下は田んぼで、どうみても彼(彼女?)がここに来る理由は無いように思えます。我々にしても、迷ったあげくに留まり、場違いなところに現れてしまってどうにも所在がない、そんな思いで我を失う、そんなこともあるのですから。
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