モンシロチョウのお目見え2007年03月22日 17時44分05秒

翅を広げたモンシロチョウ
暑さ寒さも彼岸まで、と申しますが、その通りのようで、今日は暖かくなりました。それにつられてか、一頭のモンシロチョウが畑にやってきました。まだ充分な温度ではないためでしょうか、珍しく、羽を広げて花や草に留まります。

活動としてはすでに春のモードになっているのは確かですが、いくつもが飛び交う春の風景とはまだいきません。ただ、この時期、寒さを飛び越えてやってきた(発生した・羽化した)彼だか彼女だかにうれしさを感じるのは喜びです。

平凡さと陳腐さであまり目を向けないモンシロチョウですが、翅の裏の色合いや表の模様、胴の色、とまり方、移ろい、じっとしたときの時間、そういった観察は意外な楽しみを与えてくれます。じかに、よく見られる姿だからこそ、もっと私たちはよく見つめ、その変化や分布、移動などを知るべきでしょう。また新たな発見が個々人にもたらされるはずです。

ショウジョウバカマの立ち居開きかけ2007年03月23日 17時38分03秒

ショウジョウバカマの咲きかけ(ぼけてますが)
きょうは暖かくなりました。気温は17℃を超えていました。それでも、風は北寄りで少々冷たく、やっぱり早春、でしょうか。山道に咲き始めの兆しです。ショウジョウバカマは伸びてきて、花が開きかけています。写真は焦点があっていませんが、充分おわかりになると思います。

春まだ早いこの季節に、薄い桃色のこの花を見つけるのはうれしいものがあります。特に、冬枯れで茶色などが支配的な山では、春の姿を表してくれるものとして、大切な花の一つです。この間のイワナシに続いて、順序が前後していますが、咲きかけてくれるのは喜びです。シハイスミレが咲くのは意外でしたが。

海も今朝は凪いでいて、漁船が2艘、漁をしていました。春の風景です。これからそういったパステル画のような世界が広がるのはとても楽しみです。

出港の朝、曇り2007年03月24日 20時51分30秒

曇り空の出港
けさも凪いでいて、海全体が静かで、穏やかな朝でした。東の漁港からの船が出港したてで急ぎ漁場に向かう様子をとらえてみました。曇り空でたれ込めてはいませんでしたが白く曇っていて少々、暗めです。こういった天候の方がよく「釣れる」とは昔からよく言われますが、実際のところ、漁船での漁ではどうなんでしょうか。

個人的には静かな朝は好きです。でも曇り空の下は好ましいとは思いません。晴れてくれたら、とは誰しも同じでしょうか。雲の筋や切れ端とか固まりがあるような、そんなぼんやりとした晴れ、はよく海に似合います。そこに今朝のような漁船が走ると充分、絵になります。ちょっと、うれしい風景です。

次第に南風が強まり、午後には雨となりました。気温も11℃まで下がり、風に当たると寒気さえしましたがそれほどの冷たさはありませんでしたから、この季節のごくありきたりの雰囲気だったでしょうか。まだ今でも南風で雨も吹きつけてきますが、春に近い、ぬくめの天候です。

午前9時42分、地震発生!2007年03月25日 21時11分31秒

朝のひととき、こたつでコーヒーを飲んでいたら、グラッときて、次に長い縦揺れ(横波)がしばし、続きました。久々の大きめの地震でした。すぐに発表された震源の深さは50km、マグニチュードは7.1でしたが、その後、修正されて、11km、6.9にそれぞれ減じられていました。それでも、陸地すぐそば、あるいは、名古屋大学の先生によると内陸直下近くとのことでその揺れはかなりのものだったようです。

ゆっくりとした縦揺れの継続でしばらくは動けませんでした。まあ、はじめの揺れで心配するほどではないことはわかったわけですが(ここが肝心)、現実に揺れに遭うと少し不安になるものです。能登半島の古い倒壊した家々と同じく、私の家も古いので、今後の事も心配されます。

備えあれば憂いなし、のことばどおり、耐震構造によればある程度、耐えられるでしょうが、やはり大地震ではそうもいきませんから、貴重品の確認と確保、体の防御、水・食料の確保など、すぐにできることを日頃からしておくべきなのは間違いなし、と再確認したところです。それと、的確な判断こそ、必然です。

咲いたショウジョウバカマ2007年03月26日 21時25分14秒

花開くショウジョウバカマ
きょうは晴れて、山道のショウジョウバカマは花開いていました。実際はもっと紫がかった色合いできれいですが、なぜか、デジカメで写真を撮るとこうなります。どうすればいいのか、よくわからないままです。

気温は17℃を超えて、暖かさも増しています。もう、季節は春なんでしょう。

イソシギの河原2007年03月26日 21時28分15秒

イソシギのうちの1羽
最初は、小千鳥(コチドリ)かと思いましたが、ちょっと大きめで色も単一に見えて、どうも違うとはその時わかりましたが、写真でよく後で見たところ、イソシギとわかりました。

2羽でやってきていたのですが、後で別行動をとって飛び立ちました。この河原、ゴミも多く、きれいとはいえませんが、彼らをはじめ、おなじみのセグロセキレイやアオサギ、コサギなどのサギの仲間、コチドリやシギの仲間、カモ類など、時季をずらしながらやってきます。時折、ところどころでその違った姿を見つけるのは楽しみです。

これから春ですが、暖かさに誘われてまた幾種類もの水鳥たちの来訪が待たれます。私にもまた、春が早く来てほしいものです。

なぜ、関西テレビだけ除名するのか2007年03月27日 21時07分03秒

「発掘あるある大事典」の捏造問題で、民放連は関西テレビを除名処分とすると決めたとのこと、これはおかしい、と素直に感じました。以前の記事でふれたように、関西テレビの放送エリアでない私たちを含めた多くの人たちにとって、この放送は明らかに、誰もが思うように、アナウンサーや出演者も含めて、フジテレビの放映によっていたはずです。

たとえ、制作責任者として、関西テレビがその責任を問われたとしても、ほとんどスケープゴート的に1社のみ、追求されたのはまったく、合点のいかぬ話です。第一に責任が問われてしかるべきは、フジテレビです。全国ネットを持ち、そのキー局として、制作を依頼か委任したはずのフジテレビが全くその責任を問われないのは理解されるところではありません。

ピラミッド型の仕組みで放送業界が形成されている以上、もっとも重い責任はその頂点にあります。明々白々な論理であり、それこそ、道理です。フジテレビこそ、その最大の責任を負うべきです。

静かな今朝の漁2007年03月28日 21時01分45秒

朝の漁船
けさはとても静かな海でした。空も晴れているような、それでいて曇っている、そんな暗めの朝で、風もほとんどなく、そのせいか、東の近海は小型漁船でいっぱいでした。写真はその内の一隻です。

ゴムボートでつりをする人も混じっていて、行き交う船の光景はそれらしき春の風景とも言えるところで、そのまま全体が好ましく映ります。

春の海の漁が賑やかなのはうれしい限りです。こういった光景が頻繁に見られるよう、おかの私たちには環境を保護していく責務があります。本来の、「保護」を「保全」と言い換えて、都合良く人間の生活や願望よろしく合わせて手を加えながら「調和」を図りながら、というのはあまりに身勝手すぎます。「保全」による改変や破壊を正当化するような考え方を戒め、「保護」を念頭にして行動すべきでしょう。

ウソのつがい2007年03月29日 20時52分03秒

ウソのつがい、降りてついばむ
人家のまっただ中、植栽されている場所にウソのつがいがやってきました。 桜の木(まだつぼみ)にとまり、その蕾をついばんでいたわけです。木々にとってははなはだ迷惑な存在ですが、雄の美しさ、雌の整った色合いはちょうどよい姿形をして映ります。

ときおり、わけのわからない声をだし、あちこちを見渡しながら、一方で、餌となる木の芽や草のなにがしかを盛んについばむ姿は朝の風景としては平凡に見えますが、秀逸です。こういった形の光景を日常から除くのは悲しいからです。

写真はほかにそれぞれを撮りましたが、つがいの姿をその形として残せたのはこの一枚のみです。ちょっと離れてしまいましたが、この2羽のみ、平地の町中に現れたのもまた、珍しく思えます。春よ、来い。

シハイスミレも咲いた2007年03月30日 21時11分06秒

色合いが今ひとつのシハイスミレの写真
山道の登り、ふと足下を見やると咲いていました。先日の記事でも触れたとおり、少し登れば出てくるのがこの、シハイスミレの紅紫のかわいらしい花です。

写真はちょっと加工してあるのですが、元の肉眼での色の7割以上は出ていると思います。なぜか、デジカメで撮ると、この紫や紅色はうまくでません。光の加減か、光量の過不足か、周囲の(暗めの森)環境によるのか、デジカメ自体の特性か、よくわかりません。

花じたいは長い上下でも10mmあるかないかで小さく、それでいてその濃いめの紅紫は特徴的です。自己主張をしっかりとしているのが特質、でしょうか。埋もれがちな日常もそれぞれがその存在をはっきりと示すことで、個人の存在の確かさと大切さが認識されるといいのです。