春よ来い、早く来い ― 2007年03月12日 20時47分19秒
もう一度、そんな想いが募ります。時間よ、戻れ、そんな思いが体中に満ちてきます。寒さや冷たさは悲しさと苦しさ、耐え難さと同じです。暖かく、希望に満ちた頃に戻りたい、そんな気持ちばかりで時間が過ぎます。どうして、こんな今をおくらなければならないのか、そんな悔しさ、堪えがたい思いがあります。
ほんとうの春よ、早く来い、こんどこそ、この心を解放させてほしい、そんな願いは特別でも、例外でもありません。望み叶えたまえ。ボケの花咲いても ― 2007年03月13日 20時56分09秒
きっと、という思いだけがその姿に現れているのでしょうか。奇異にさえ映るそのかわいらしい花は何かを伝えようとしているようにさえ、思えてきます。もちろん、こちらの勝手な思いこみですが。
でもまだ、春はずっと先のようです。2月の暖かさが嘘のようで、希望もあった前半の日々が思い起こされます。またですが、春よ、来い。イワナシの花はじめ ― 2007年03月14日 20時58分19秒
2カ所にあり、その他の場所のイワナシはまだ蕾でした。この道を登りながら季節を感じるのはいいものです。少しずつ高見になり、高みに上がって見下ろす風景はしばしの癒しです。でも、それだけなのがなんとも、寂しい限りですが。
春の、その花の咲く形にぬくもりを感じて見つめてもなお残るのは過日の思い出ですね。もう一度、繰り返しになりますが、そう思わない日はありません。何度繰り返すのか ― 2007年03月15日 20時45分51秒
そう、いうまでもなく、愚かなのはそういう流れにしたことです。でも、それならそれでそのままにしておけばよいものを、冬場の労務対策か何かで除去作業を行わせている(あるいは、要求してか)のはやはり愚かです。なんどやっても同じ事ですから。
これと同じ行為はしかし、私たちの実生活でもまた、往々にして見られます。分かり切ったことで愚かさを繰り返さないためにも、明確で道理のある、分別のある姿勢に変えていきたいものです。菜の花 ― 2007年03月16日 19時14分23秒
きょうは一応、晴れで、筋雲(絹雲など)もおおくすっきりとはいきませんでしたが、春に近いような天候でした。それでも風は北寄りで寒く、まだ、春は名のみの、の感覚でしょうか。
歌にもあるように、菜の花はむしろ温かさの増す4月から5月の風景によく合います。夕方でも暖かく、ぼおぅーっとした感じが懐かしく思えてきます。そんな、生活自体に春が早く訪れないものか、そんな思いばかりが先行します。セグロカモメの飛翔前 ― 2007年03月17日 22時17分46秒
動き、と言ってしまえるその動作振る舞いにおもしろさを感じます。この写真のすぐ後、飛び立ちました。その前にはなにやらついばみ、隣のカラスたちと小競り合いをしていたのもおかしさ(失礼!)を誘うものです。
静かで落ち着いた様子と細かな動作・行動からもまた、多くを知ることができます。それ以上に、じっとした瞬間とか、わずかな刹那の出来事に重要な生態の姿をみつけることもまた、意外に多いのです。セグロセキレイの食餌 ― 2007年03月18日 21時09分28秒
というわけで、きょうは河原での食餌の様子を写すことに成功しました。獲物は何かははっきりとはわかりませんでしたが、細長いもののようでした。歩きながらここぞとばかりにくちばしをつっこんでついばみ、一気に飲み込む、鳥たちの常態です。味や風味などは無関係でしょう。でもいつも、そんなに何度もしなくても、とその頻度の高さを考えてしまいます。でもまた、こちらが思うほどには、量自体はそうないのかもしれません。
実際に田んぼや河原、とりわけこの川のようにしょっちゅういじくっているような不健全な川では餌となる虫や何かはすくないのでは、と思うのです。ぱっと見た目にはうようよしているわけではありません。その割に、年中飛び回っている彼らとその数を考えると、留鳥として定住できるだけの種類や量はあるのだと信じざるを得ません。何よりなのは、私が憂うるほどにひどい状況にはまだなってはいないということです。春はまだ北風の中 ― 2007年03月19日 21時12分16秒
それでも、この間の記事のごとく、菜の花はかなり早めでいくつもの花も咲き始めています。問題なのは冷たさのかなりある北からの風です。気温より遙かに、冷たいのです。2月の前半の暖かさがまるで嘘のようです。
ショウジョウバカマの蕾も少しずつ花茎を伸ばしながらふくらみを増してきていますが、一気に咲こうとするにはまだ、寒さが勝っているようです。春よ、早く来い。山のスミレの開花 ― 2007年03月20日 21時24分30秒
山道に今日初めて、ぽつんと一つ咲いていました。まだ寒さの残る早春ですから、早いと言えば、早いのです。4月から5月ならもっといくつも咲いているのが見つかります。更に上に登ると、もっと紅色のシハイスミレ(ミヤマスミレの仲間)が見つかります。
最近になってぶり返した感のある冬のような天候ですが、その下でも、もう春の姿は着実に装いを新たにしてきているようです。スミレの仲間の開花の早さもまた、暖冬の影響なのでしょう、きっと。キュウリグサのロゼット ― 2007年03月21日 21時12分30秒
茎や葉がまだ伸びていないこの季節、その造りがコオニタビラコ(いわゆる春の七草の仏の座)と似ていて、ロゼット状に葉がついて広がります。それを写真に収めてみました。真ん中にかわいいパステルカラーの薄い青が見えるのはとてもいい感じです。
穏やかさと静けさ、そんな中の春分に花を見せたこの畑の少女はタビラコとして春の姿を示してくれているようです。私の春こそ、そうであってほしい、そんな可憐ささえ、その小さな、清潔な花は語ってくれているようです。
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