人が見えない2009年12月04日 20時11分02秒

きょうは朝こそ雨もぱらついて午前中は降り出しそうな雲行きも時折ありましたが、午後は好天回帰、北風さえなければ暖かな日和でした。外に出る仕事で風はとても冷たく、用足しに悩みましたがそれも午後には解消、一日が暮れました。気温は12℃どまり、道々の乾いた空気も南へと向かっています。

現実として各所を見ながらの仕事ですが、工場などを始め、大きめの事業所だけでなく、小さな企業も外には何も聞こえてきません。当たり前といえばそうですが、実際、私たちがその活動を直接知ることはごくまれなわけです。誰が何をどうやってどのように過ごしながら生産や流通、販売を行っているのか、その人間の活動実態は一部分を垣間見ることにしかなりません。それでも町も人も動いている、それで経済活動が成り立っている、というのもこれもまた、奇妙な感覚です。すべての種類や範囲に渡って実感として知ることなどあり得ません。本当のところ、それぞれの人が生きていて、なにをかうごめき、どこかへと向かう、そんなそれぞれの生業(ここでは生活のための仕事、という意味ではない)に互いに依存しながら、おそらくは不確かな、あやふやな、はっきりしない(すべての)範囲の生活をおくっているという不思議さを思うのです。

そしてまた、私も仕事を終えて会社の中へと戻り、本日の整理やとりまとめを行い、また昨日と同じように家路につくのです。確かに、私自身とそのごくごく近辺は可視的で実体があります。でもほんのその周辺からもうすでにぼやけてきます。会社内でも知らない、知り得ない範囲がすぐ近くに存在するのです。そして夕方暗い街の車やすれ違う人たちもただそのスポラディックな現出にちょっと振り向いたり注意を向けたり、駅に離合集散する人たちを流し目にみたりするのみでただただ何事もなかったかのように時間は同じ速度で過ぎてゆくのです。これもまた、とても奇妙な気分にさせられます。ほんとうのところ、何が進んでいくのでしょうか。見えているようで、周囲の人さえも見えなくなるのです。