ある都会にて ― 2013年07月21日 21時25分37秒
大切な御用で(ただし私の)、日本の中ほどの都会に出向きました。2日間、猛暑のなか、ホテルを探すのに四苦八苦、何がどこにあるのやらわけの分からない土地でふらつくのはとても疲れます。エスカレータひとつをとっても、京都では右に寄り、それから東では左に寄ります。そうしないとじゃまなわけで、これはこれで同じくするしかないかなと。
明るい内に出かけ、明るい内に戻ってきました。やはり、昼の風景は好ましく、すべてを見つめて様々な有り様を観察できます。マクロな世界の細々としてそれでいて少しずつ異なる姿や移ろいゆく光景を直に知ることは用事とは別にとても大切なことです。土地が違えば風土や人の立ち方もまた異なります。そんなところで善し悪しを云々するのは基準などあるものでもなく、意味を持つのかどうかも深く洞察しなければなりません。
だからこそ、伝わるものや受ける印象よりも、何を伝え、どう考えるかが問われます。決して自分自身の感覚ですべてを推し量るのではなく、その表象と現実のやりとりや事実と存在の実感からひとつひとつを再構成し、問いを発していかなければなりません。そうして、真実を知ろうとする営みこそ求められるのです。それは次に生かされます。
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