不治の病2009年05月03日 21時14分00秒

コンクリート固めの水路
何が「彼ら」をそうさせ続けるのでしょうか。写真のような三面張りくらいではないとんでもない水路とその周辺の改変、人工的な苦しい固めを作り続けます。以前のブログでも記事にしたように、ここは前はまだ遙かにましでした。緑のある、それなりに二次的、三次的ではあっても命と食を継ぐための姿がまだありました。でも、これはもう、それらに断絶を告げたに等しく、何も残されていません。工事中からもうひどいやり方で、とてもここで田んぼや畑をやるような環境ではなくなっていました。

いったい、何のためにそうもこうも何度も作り替えるのでしょうか。この道路を挟んだ一方の水路もまた、二度三度とまだコンクリートも乾かぬうちにとでもいっても言い過ぎではないほどに早く改変していました。とにかく、ひどいものです。誰がいいだしたのか、誰が求めたのか、誰が許したのか、誰が認めたのか、呆れます。馬鹿につける薬はない、といいますが、こういったやり方、破壊をし続けることにどんな意味があるのでしょうか。

直らないこの地域の姿そのもののように思えてなりません。不治の病とはこのことをいうのでしょう。まだ救われていた以前の環境なら、生き物もやってきていましたし、住み着いてもいました。でももう、いけません。こんな環境を進歩だとか発展だとかいって、その実、自分たちの目先の銭稼ぎでやっているだけです。あまりに哀しい、あまりに哀れです。醜さ、汚さ、卑しさ、そんなことばばかりが浮かんできます。周辺住民を見るとなお悲しくなります。そして言うことはいつも、弱い者、小さい者、少数者(あるいは絶対少数)に対する侮蔑、見下し不満の吐き出しです。恥ずかしいとは思わないのでしょうか。