植え付けられて ― 2010年10月17日 21時35分50秒
きょうも昼間は汗ばむくらいに気温は上昇しましたが、朝晩は下がり、そのせいで風邪を引いてしまいました。今朝まで辛く、今朝は歩かずに布団の中。ようやく、昼にはよくなったわけです。まだ少し咳きも出かけるのですが、息はできます。なんとか、生きています。
中国には困ったものです。過去とは違う、まったく別個の問題ですが、それも中国人の、中国側の身勝手な思い込みと暴力的な主張が原因です。それを国内と自分たち自身の不満・憤懣を逆手にとってその欲求を外に向けているわけです。規制や障害があってもネットの影響は大きいようで、一方的なファイヤーに近い「合意形成」が為されやすいようです。事実を踏まえ、論理的に、かつ合理的に考えれば何もではしないのに有りもしない、いえ、有ってはならない主張を暴力を背景にして押しつけてくるのですから、日本だけではなく、周辺の諸国も迷惑以上に内心では怒りを覚えているのです。
学校教育や社会の躾、物事に対する見方や考え方、伝え方、そういった人間同士の教え合いや社会的な理解の認容に至る基礎となる大切で必然的に求められる感覚といっていい基本的な人としての心や情緒が急速な経済至上主義と共産主義の歪みの強制の中で喪失してしまったように思われます。二千年まえならあり得なかったであろう行動や言動が今は大手を振ってどころか、他国に支離滅裂でまさに暴力そのもののウワバミのような貪欲さで迫っていくのです。以前にも記事にしましたが、かつては尊敬され多くの留学生を集めていた中華の道理も完全に消えてしまったようです。十数億の人民を束ねなければならない、その苦労や方策には何があるかは察するところもなきにしもあらずですが、やはり人間社会にあるべき礎をないがしろにした現代の中国とその人々のとんでもない誤りを私たちは、たとえ十分の一に満たなくとも、見過ごすことも受容することもできません。
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